〜変奏曲に心奪われる〜
1. 音楽用語は『地上の星』
2. 変奏曲とはなんぞや
3. ベートーヴェン
「プロメテウスの創造物」の主題による15の変奏曲とフーガ
変ホ長調(エロイカ変奏曲) 作品35
1.音楽用語は『地上の星』
このメルマガを長くお読み頂いている皆さんは、私がいかにクラシック音楽の専門用語に拒絶感をもっているかご理解いただいているだろう。 何度もいうが、クラシック系の専門用語は、音楽そのものを楽しむ上で不要だ と私は考えている。専門用語はいらない。専門用語はその筋の人たち(怖いひ とたちではなく、音楽でメシを食べている方々という意味です、、)に必須な のはいうまでもないが、、。
関連性はないけれど別の例を少し述べよう。
私が携わっている印刷業界にも色々な用語がある。仕事をする上の必須知識で あるばかりでなく、これらの用語が仕事をスムーズに進めているともいえる。 しかし、こうした用語は、印刷物を手にする一般人には全く必要のない用語である。たとえば本を手にして、
「この本は160ページか。すると16ページ折10台分で印刷したんですね。あ、写真は随分綺麗ですがやはり150線ですか?コート紙ならそれだけの品質で刷れますよね。随分見やすい文字ですが、なるほど、14Qですね。え?写研の文字ですか。やはり違いますね、、、。」
なんて語る人は業界の人か、あるいはDTPエキスパート認証試験をめざして勉強中の人だろう。一般人が言ったら不気味である。
本を買う人は本を読むために買う。印刷業界の専門用語なんか必要ない。当たり前のことだ。印刷業界の人々は本を商品に相応しい形にするための仕事をしている。日夜印刷業界特有の用語を使って。その用語は一生陽の目をみることがない日陰の存在だ。それでいいのだ。
文章を書くプロにも用語は色々ある。プロたちはやはり日常こうした用語を使い仕事をしているはずだ。しかし、読者はこの用語を知らなくとも、読んで笑い、泣き、感銘し、怒ることができる。
音楽の専門用語もいうまでもなく音楽の道のプロたちに必要なもののはずだ。作曲家、演奏家、編曲者、研究者、その他数え切れない位の関連する人々にはなくてはならない専門知識だ。
ところがプロのための専門知識であるはずの用語が一般向けレコードやCDの説文においてふんだんに使用されている。解説者はこういう専門用語を読み手が皆理解している前提で書くのだろうか。不思議なことだ。
日本には義務教育において音楽教育というものがある。はるか遠い昔私も音楽の授業を受けた経験があるが、たしか楽典を詰め込まれた記憶がある。日本人は学校でひととおり音楽用語の基礎知識のようなものを習っている。
また、クラシック音楽はどちらかというと「教養」とみなされている。だからクラシックを聞く人は、音楽用語の基礎くらいは知っているだろうという前提があるのかもしれない。勘違いもはなはだしい。
最近は少し改善されてきたが、読むと頭の血管が「ぶっちぎれる」くらい用語オンパレードの音楽解説も中にはある。あれを理解でき、本当に必要とするのはほんの一握りの人ではないか?用語満載の解説を理解できない人には、音楽を聞く資格などないというのか?
専門用語は本来中島みゆきの歌のような存在なのではないか?
(陰の声:お前の文章だって訳のわからない用語や言葉を使っている。同じようなものではないか?)
2.変奏曲とはなんぞや?
私がこれほど用語を拒絶する理由は、用語というものは、使えば書く側は「説明できた」気に、読む側は「理解できた」気になる危険性があるからだ。
たとえば、私の手元にあるベートーヴェン「交響曲第三番」のスコアに掲載されている楽曲の解説、
第四楽章 これは変奏曲である。その主題は彼の旧作からの旋律が転用された。しかも彼は、それをすでに三度使用している、、、、(略)
この筆者の解説文は作品ができた経緯などが詳しく説明されているし、クラシック音楽系の文章の中ではかなりわかりやすいものだ。専門書系の書籍にして音楽専門用語は少ない方である(スコアを買う人はもはや一般の音楽ファンではなくマニアの領域に足を踏み入れている)。しかし、第四楽章冒頭の記述が妙に気になった。
これでは英雄交響曲の終章が「変奏曲」というひとことで片づけられててしまう恐れがある。
★父と子の会話
「お父さん、交響曲第三番の第四楽章はね、変奏曲なんだって」
「へー、そうなんだ。なるほどな、変奏曲か。さすがベートーヴェンだよな」
「ところで変奏曲って何?」
「え?そそそ、そりゃー変奏ってなもんだから、変奏するんだよ。」
「音楽が変わるってこと?」
「メロディが変わるというか、つまり、変奏するんだ。」
「変わるのはメロディだけなの?」
「もちろん、メロディ以外だって変わるんだ。なにしろ変奏だから。それより宿題やったのか?」
この会話で両者が本当に変奏曲とは何かを理解し、その変奏曲という手法で書かれた第四楽章が素晴らしい点はあいまいである。
この子は疑問に素直な気持ちを大切にしつつ、第四楽章をひたすら聞いてみる必要がある。父も、子供の質問をはぐらかさずに、やはり音楽を何度も聞いてみるといい。おぼろげに変奏曲というものがイメージできるようになるはずだ。その上で子供ともう一度会話すればいい。
【もっと知りたくなった時に、初めて専門用語を意識する】
しかし、、、。
音楽を聞き続けていると、不思議なものだが、その音楽について色々な事を知りたくなる。まず作曲家が曲を書いた時の状況、気分、社会情勢。そして作品をどういう手法で書いたのか、等々。そして音楽の知識欲が芽生えると必ず壁にぶちあたる。まさにそれが用語なのだ。
何度も何度も「英雄交響曲」の第四楽章を聞き続けた後、興味もなかった「変奏曲」という用語に突如興味を覚える。変奏曲とは何か?と。そこで図書館などで調べてみる。
(以下『標準音楽辞典』音楽之友社刊より転載)
=変奏曲=
(1)旋律や和声の骨格を変えず、そこに装飾を加えてゆく変奏
(2)定旋律をほぼ原型どおり反復しながら、そこに異なる対位声部を付加してく変奏
(3)主題の音程や和声やリズムなどを、拡大あるいは発展させて、個々の変奏に性格的特性をあたえる変奏
(4)素材を、転回、逆行、拡大、縮小していく変奏
音楽辞典だから仕方がないが用語ばかりで難しい。けれど、かみ砕けばこうなるか?(以下musiker流解釈)
(1) 同じメロディやコードを使い雰囲気を変えないで、メロディにちょっとし たアクセントをつける。歌手がよくやるアドリブのようなもの?
(2) メロディとは別のメロディを加えること。もちろん、コードを構成する音程の範囲内でメロディは作られる?サイモン&ガーファンクルの「スカボローフェア」の主メロディと副メロディのようなもの。
(3) 性格的特性という言葉が難しいが、ようするに構成しているメロディとコードを基本にするものの、もう少し大胆に変えて強調することか?あまり変えすぎると原型がわからなくなるので注意。同じ素材を使いながら和洋中の料理、しかもとびっきり個性的なのを作るようなもの??
(4) これはグラフィックデザインにも似ているけれど、音楽を素材に分解して、それぞれ組み合わせる方法だろうか。拡大縮小というのがおもしろいな。
わかったようなわからないような説明になるが、変奏曲とは作曲家が以上のような作業を音楽的に行った結果の音楽だということは感じとれた。料理のレシピに似ている。それも、隠しレシピに近いものだってあるしな。
また、多かれ少なかれ、作曲家はその昔から変奏曲的な手法で音楽を書き続けている。ただ変奏曲という名称が前面にでないだけで、音楽には少なからず、変奏曲的な部分はあるのではないか?
わかった?
うーん、、、。
結局、変奏曲がなんたるものか、は永遠にわからないだろう。
しかし、用語を忌み嫌っていた私が、こうして改めて調べてみると、用語をきっかけとして音楽を聞く別の面白みみたいなものが心の底から沸いてくる。嫌い専門用語に触発される、、、、。全く不本意だが、、楽しくもある。
3. ベートーヴェン(1770-1827) Ludwig van Beethoven
「プロメテウスの創造物」の主題による15の変奏曲とフーガ
変ホ長調(エロイカ変奏曲) 作品35
15 Variation mit einer Fuga uber ein Thema asu dem Ballet
’Die Geschoepfe des Prometheus'(Eroica-Variation) Op.35
ということでタイトルに「変奏曲」と命名されている曲を無性に聞いてみたくなった。私の手元にあるレコードやCDなので、もちろんベートーヴェンだ。それも第三交響曲と深い繋がりのあるこの曲。
第三交響曲だけではない。ベートーヴェンはこのテーマをなんと4曲に使っているのだ。
「12のコントラタンツ」 ※第7番に使用
バレエ音楽「プロメテウスの創造物」作品43 ※フィナーレに使用
「15の変奏曲」作品35 ※本作品
「交響曲第3番」作品55 ※第四楽章
「巧妙な使い回しとはこのこと。いや、ベートーヴェンだから安易にことを運んだのではなく、いい主題だからこそ何度も転用したのだろうが、、。
ともかく曲を聞いてみよう。
ドカーン!
なんと乱暴に始めるのかと思ってしまう最初のフレーズ。ピアノのペダル全開である。
そして低音から単音でシンプルなメロディを弾く。その間突如として、目を覚ますようなアクセントが「タタターン」と鳴る。これがピアニストのオスベルガーさんがセミナーでいっていた「聴衆を驚かせる工夫」か。
シンプルで親しみ深いこのメロディに音が加わり、徐々にではあるが、次第に華やかになっていく。何だかとても嬉しくなる。同じメロディがこんなに表情豊かになるんだ。ジャズやロックのセッションというものがある。アーチストがそれぞれの楽器で自由自在にアドリブを担当しながら曲全体がまとまっていく。まさに変奏曲とはアドリブの宝庫のような気がしてきた。もちろんいきあたりばったりのものではなく、変奏曲の場合は作曲家が周到に考え抜いたのもではあるが、その精神は似ている。
全部で15曲の変奏がある。いちいち説明するのは邪道だからやめるが、特に主題提示の第1番ー単音でメロディが鳴るのが不気味でまたコミカルでいい。途中映画音楽みたいに現代的なおよそベートーヴェンらしくない曲想が出てくる。エロチックで幻想的だ。そして終曲のフーガがかっこいい。これは英雄交響曲第四楽章でも用いられたフーガで、本当に秀逸。すばらしい。最後にメロディが再び現れる頃には、体の底からじーんとしたものが湧き出てくるのを拒絶できない、、、。
気に入った。しばらくこの曲を聴き続けよう!
★私の聞いたCD
演奏: バックハウス(ヴィルヘルム)
作曲: ベートーヴェン
CD (2004/3/24)
ディスク枚数: 1
フォーマット: Limited Edition
レーベル: ユニバーサル ミュージック クラシック
収録時間: 44 分
ASIN: B0001FABXA
JAN: 4988005359469