ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番
変ホ長調 作品73

「皇帝」というニックネームで親しまれているこの作品の魅力。第一楽章、華麗なピアノのカデンツァで始まり、その後、ほとんど管弦楽曲かと勘違いしそ うな英雄的な音楽。ホルンのハーモニー、テンパニーの主張。オーケストラの後、「まってました!」ではなく「ここいらで、そろそろよろしいでしょうか」 と控えめに始まるピアノ、など。憎い演出満載の作品です。まさに栄華究める王者にふさわしい音楽として、以後二百年もの間、愛され続けてきたピアノ協奏曲です。

もっとも、初演時の評判はかんばしくなく、音楽があまりに難解ということで、 批評家だけでなく一般聴衆にも受け入れられず、ついにベートーヴェン生前に は冷遇されたままでした。ベートーヴェンの死後十年も経った1830年代後半には絶賛され始めたといいます。作品は1809年頃に完成し、聴衆の前に登場したのは1810〜1811年で、世に認められたのは初演から20年以上経過してようやくだったというわけです。

★軍隊的で男性的、けど女性的華麗な両面をもつ音楽
作曲された時期のウィーンの状況、戦争のまっただ中という悲惨な状況が深く関わっていないはずのないこの音楽に、当時のベートーヴェンの心のうちが鋭 く表現されています。

音楽全体を覆うのは、戦闘的心情。ホルンの美しいハーモニーとティンパニーのリズムが軍隊を想像させます。よく聞かなければ気が付きませんけれど、特に第一楽章にその傾向が見いだされます。管弦楽による戦闘的音楽を中和するというか、必死に否定しようとするのがピアノの独奏です。彼(ピアノ)は、勇ましく進む戦士らの、心の隙間へと執拗に入り込もうとしています。

君たちが進もうとしている道は、人々を平和へと導くための大義名分だろう?でも、なぜその大儀名分のため、多くの命を巻き添えにするのだ?といわんばかりのピアノの問いに対し、返す言葉もありません。第一楽章の一見華麗な曲想は、実はこのような二つの対立、葛藤を音楽でそのまま表現しているように思えてなりません。もっとも、こういう男性的な感覚が聞き手の共感を呼んでいるともいえるのです。

圧巻はピアノの下降する怒濤の半音階的フレーズと共に叩く右手の力強いメロディ。本当に一人で弾いているのか?と疑いたくなるほどすさまじい。ほぼ半音階のフレーズは「でたらめに弾いているんじゃない?」とさえ錯覚するほど見事なものです。(もちろんでたらめであるはずはなく、ちゃんとベートーヴェンが書いていることは言うまでもありません)

★世にも美しいアダージョ、第二楽章
ベートーヴェンの作品はアダージョが際立っています。やれ英雄だの運命だの、男性的ベートーヴェン音楽ばかりが強調されていますが、彼のもうひとつ忘れていけない本領、つまり魅力は、第二楽章や第三楽章(四楽章形式の場合)に必ず添えられるアダージョ楽章といえるでしょう。

とりわけこの「皇帝」第二楽章は、弦楽器のためらいがちな曲想に、夢心地のピアノがまたためらいがちに色を添え、たぶんベートーヴェンの作品の中でも最高に美しい楽章です。

映画「不滅の恋」の印象的シーン。「皇帝」の演奏を指揮するベートーヴェンが、耳が聞こえないため適切な指示をオケに出せず、大恥をかきます。人々の笑い声の中、聴衆のひとりエルデーディ侯爵夫人が、ベートーヴェンの手をとり、会場を出ていきます。このシーンでバックに流れていたのが、他ならぬ「皇帝」の第二楽章でした。

ベートーヴェンの家に立ち寄った夫人は、彼の部屋の乱雑さに唖然とし、彼に「私が家政婦を手配しますから…」とと提案します。でも、聞こえないベートーヴェンは、筆談用のプレートを彼女に差し出し、身振りで、ここに書いてください、と語ります。その時の優しい目の表情。これはあくまで映画。でも、私は、バックに流れる音楽と共に、まるで本当にベートーヴェンがあの優しげな目をしていたのだ、と思えてなりません。

この楽章は、難解でもなんでもなく、冒頭の弦楽器のメロディを、ピアノが受け継ぎ変奏曲風に続く、ただそれだけです。ただそれだけですが、それがすべて。ピアノ協奏曲の大きな魅力の根源がこの第二楽章に秘められているのです。

★あなたと踊りたい、第三楽章
第二楽章は静かに終わります。奇妙なのは、楽章最後の音が半音下がり、ピアノはまたためらいがちに次のフレーズを奏でようとするところ。第一楽章は、変ホ長調(E♭メジャー)、第二楽章はホ長調(Eメジャー)、そして第三楽章で再び変ホ長調(E♭メジャー)へと戻る演出です。

ピアノがフェイントともいえるリズムで第三楽章のテーマを始めます。ワルツなんだけど、ワルツではない。摩訶不思議なこのリズムを私たちはどううけとめましょう?

ちょっと専門的になりますが少し説明を。 第三楽章の基本リズムは ♪♪♪ ♪♪♪ というに分割されたワルツです。

ところが冒頭の一小節だけちょっと違い、 ♪♪ ♪♪ ♪♪(三番目は、実際は八分休符+十六分音符が二拍) というふうに、三分割されています。

おかしなリズムだな〜、と思っていたけれど、よく考えると、あれは、ワルツを踊る時の助走のような役割を音楽が果たしている、ということがわかります。
バックハウスの演奏ではこのリズムが明快にわかります。続く管弦楽も、まあ慣れたもの。

それにしても、ベートーヴェンの作品はクライマックスがこういうワルツや舞踊曲が目立ちます。有名どころでは「交響曲第三番」。きっと、この曲を最後まで聞く方はきわめて少ないでしょうから、気が付く人はそう多くないです。あの第四楽章は壮大な舞踊曲です。「ヴァイオリン協奏曲」はちょっとスピーディなワルツです。「交響曲第七番」最終楽章は踊り狂うにふさわしい舞曲です。

★ピアノとティンパニーのデュオ
極めつけは、第三楽章のクライマックス。管弦楽が静かになり、ティンパニーとピアノのみの二重奏です。よく聞かないと気が付かないけれど、第一楽章と 第三楽章でオケと共に存在感を示しているティンパニーを忘れてはいけません。どこか戦闘的音楽を印象づける理由はティンパニーが存在感を示しているからでしょう。そして、第三楽章最後のデュオですから、ますます強烈な印象が残ります。ピアノとティンパニーの二重奏が終わると、怒濤のようなピアノと管弦楽によって、ベートーヴェンにしては珍しく、あっさり目にしめくくります。

第一楽章は確かに英雄的。でも、第二楽章は夢心地のロマン。そして、第三楽章は怒濤の舞曲。「皇帝」というニックネームなんか忘れ、ピアノと管弦楽が織りなす七変化をこの音楽で楽しんでください。

【第一楽章】Allegro 約20分
【第二楽章】Adagio un poco mosso
【第三楽章】Rondo Allegro ※第二楽章〜三楽章 合わせて約20分


★私の定番音源
ピアノ:ヴィルヘルム・バックハウス
指揮:インセルシュテット
管弦楽:ウィーンフィルハーモニー管弦楽団

ピアノ: エレーヌ・グリモー
管弦楽ドレスデン国立管弦楽団
指揮: ラディーミル・ユロフスキ

ブラームス  アルト、ヴィオラ、ピアノのための「2つの歌」作品91

Brahms(1833-1897) Zwei Gesaenge op.91

第2曲 聖なる子守歌 Geistliches Wiegenlied

●ザルツブルクのセミナーでの「聖なる子守歌」

オーストリアのザルツブルクで特別音楽セミナーが企画開催され、日本から20 人の参加者と共に現地で二週間過ごしたことがあります。受講者はピアノ、ヴ ァイオリン、声楽で、現地で指導を行っている講師のもと、毎日レッスンを受けるのです。日本各地からやってきた参加の皆さんたちの真剣な表情がとても 印象的でした。音楽を学ぶ学生さん、プロの卵、大学で教鞭にあたっている先 生など色々な方々がおられ、日常の会話も楽しいものでした。世話係の私でし たが、ピアノ受講者のオブザーバーとしてレッスンに同席し、受講生さんたち が時々理解できない先生の発言の意味を説明するなどでお手伝いをしました。
一日、何人もの受講生さんのレッスンに同席ということで、4~5時間、多い ときは6時間以上ピアノのレッスンに毎日つき合うわけです。ベートーヴェン、 ブラームス、リスト等のピアノ曲の細部にわたる弾き方について英語で行き交 うレッスンです。今から考えると随分贅沢な体験だったと思います。当時は、 クラシック系音楽のめくるめく刺激的な世界に魅せられ始めた頃です。ピアノ をまともに弾けない私も、長い時間中、本当に好奇心ギラギラの目つきで先生 と受講生さんのレッスンを見守っていました。まるで自分が指導を受けている ような錯覚を覚えたくらいです。

レッスンで題材になったベートーヴェンのピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」に魅せられ、その時のことは、既に本誌Op.20で書きました。その他、 曲目ははっきり覚えていないけれど強く耳に残ったブラームスの幻想曲、リス トの作品などがあります。音の記憶だけでして、作品名が特定できないため、 レコードやCDを今頃になって探している最中ですがまだ見つかりません。い ずれ本誌に出てくるでしょう。

セミナーの仕上げとしてザルツブルク宮殿内のホールで演奏会を行い、夜にお 世話頂いた地元の音楽院の先生ご自宅で、参加者で簡単なパーティをすること になりました。昼間のコンサートは受講者それぞれの単独演奏だったので、夜 のパーティでは、受講者同士でアンサンブルをしようというお話になりました。

その時の曲のひとつに、ブラームスの「聖なる子守歌」がありました。アルト、 ヴィオラ、ピアノという珍しい組み合わせの曲で、特に印象に残っています。 リハーサルを数回行った時、近くで聞かせて頂いていた時から心奪われたその 美しいメロディと、アルトとヴィオラ、そしてピアノが創り出す音色。深夜ま で続いたパーティは、受講者皆さんがリラックスしていろんな曲を次々余興で 演奏する底抜けに楽しい歓喜の時間。その楽しい時間にこの暖かなブラームス の作品がいっそう深い感動を与えてくれました。

●ドイツの民謡のメロディ

子守唄といえば、赤い鳥と「竹田の子守唄」を連想するォーク世代の私にとっ て、このブラームスの歌は、同じ子守唄でも雰囲気が違います。子供が眠って いるので、風よ吹くのを止めよ!、という気持はわかるとして、椰子の木やら、 天使が出てきて、日本ではない、ブラームスの故郷ドイツでもない土地が目に 浮かびます。詩を以下に記しましょう。(スペインの詩、ガイベルによるもの)

  Geistliches Wiegenlied 聖なる子守歌

  Die ihr schwebet um diese Palmen
  椰子の木のあたり
  In Nacht und Wind
  夜の風の中に漂う
  Ihr heil’gen Engel
  聖なる天使たち
  Stillet die Wipfel!
  梢の音を静めてください
  Es schlummert mei Kind
  私の子が眠っているのです

  Ihr Palmen von Bethlehem
  ベツレヘムの椰子よ
  in Windes brausen,
  ざわめく風の中で
  Wie moegt ihr heute
  今日はなぜそんなに激しく
  So zornig sausen!
  騒いでいるのですか
  O rauscht nicht also,
  吹き荒れるのを止めてください
  schweigt, neiget
  沈黙し静かに
  Euch leis’ und lind,
  優しく身をかがめてください
  Stillet die Wipfel!
  梢の音を鎮めてください
  Es schlummert mein Kind
  私の子が眠っているのです

   ※日本語はmusikerによる迷訳

詩では生まれたばかりのイエスを気遣う母親マリアを歌っているようです。だ から「聖なる」子守唄なのでしょう。歌は全部で四つの部分に分かれ、上がそ の二つ。後半では、地上の煩いに苦悩する神としてのイエスをイメージさせる フレーズも出てきます。疲れ果てた神がひととき眠りにつけるよう、梢のざわ めきを止めよ!と歌います。

驚くほどシンプルな主メロディ。ピアノとヴィオラの音色と共に、見事な音楽 が聞こえてきます。主役のアルトも控えめに、しかし力強く歌い、サポート役 のヴィオラ、幹のようなピアノ、各々が個性を発揮しながらも脇役に徹する、 妙を感じられる音楽ですね。変幻自在な転調、テンポの変化も聞きどころ。四 つのの部分それぞれが印象に残るでしょう。

前奏がとても印象的です。ドイツをはじめ欧米の人々はメロディを聞くとたち まちわかるこの曲は、残念ながら日本人にはいまひとつピンとこないクリスマ スキャロルの歌でした。
http://www.hymnsandcarolsofchristmas.com/Hymns_and_Carols/joseph_o_dear_joseph_mine.htm

親しみのあるこのメロディを、前奏と、曲の要所要所にすえるという演出で、 ブラームスはこの歌を身近な存在に創り上げました。前奏が始まったとたんに、 ドイツの人々、いえ、欧州の人々は思わず笑みを浮かべ、優しい気持ちになる のでしょう。しかし民謡からの転用はあくまでひかえめです。ヴィオラに歌わせ、ピアノにもさりげなく歌わせているのに、肝心の歌には一切そのメロディを使っていません。憎い演出。許せませんなブラームスさんは(笑)。でも、 許してあげましょう。この絶妙の演出のおかげでとても不思議な音楽になっています。 不思議な音楽?神秘的と表現するべきかもしれません。


【私の聞いたCD】
お薦め度★★★★★

B01MXIXZ8Z
収録曲
ヴィオラ・ソナタ第一番 ヘ短調 作品120の1
 Sonate fuer Viola und Klavier f-moll op.120 No.1
ヴィオラ・ソナタ第二番 変ホ長調 作品120の2
 Sonate fuer Viola und Klavier f-moll op.120 No.2
2つの歌 作品91~アルト独唱、ヴィオラとピアノのための
 Zwei Gesaenge Op.91
 静められた憧れ(リュッケルト詩)Gestillte Schnsuch
 宗教的な子守歌(スペインの詩、ガイベルによる)Geistelisches Wiegenlied

イリス・ヴェルミヨン(アルト)2つの歌
ヴェロニカ・ハーゲン(ヴィオラ)
パウル・グルダ(ピアノ)

この大好きなCDは、所有していたCDは10年前ころ出産で退社する社員にプレゼントした後しばらく手元にありませんでした。後に自分用に再び買おうとしたところ絶版になっており長いこと入手不可で、我慢できずに中古市場から入手しました。しかし、今日Amazonで探してみたところ、なんと、今年再版されており、今では入手可能になっています。嬉しいです!今度は試聴も可能です。みなさん、ぜひ聴いてみてください。

バルトーク ピアノ協奏曲第3番 PIano Concerto No.3, Sz.119

★バックハウスにピアノコンクールで敗れる…
バルトークはコダーイと並び、ハンガリーに昔から伝わる音楽の収集と研究を重ね、豊かな民族音楽のソースを使い独特の音楽を残した異色の作曲家です。彼らの音楽は聞けばすぐにわかる本当に独特の色合いです。東洋の音楽に通ずるところがあるからでしょうか、妙に懐かしい気分にさせられるのです。
バルトークは幼少よりピアノを母に習い、先生についてピアノと作曲を学んだそうです。若いときから才能豊かだったようです。ところで彼はピアノコンクールに出ています。1905年、パリのルービンシュテイン・コンクール。しかし勝利を獲得したのはあのバックハウス(ヴィルヘルム)でした。

失意でハンガリーに戻った彼は伝承音楽の収集を始めることになります。この伝承音楽の収集と研究の成果が音楽界に多大な貢献をしたのですから、挫折が必ずしもマイナスではなく、見事にバネにした典型的例ではないでしょうか。もちろんたゆまぬ努力、そしてバルトーク自身の才能があったからであることはいうまでもありません(バックハウスにバルトークが勝っていたら音楽の歴史はどう変わっていたのでしょうか興味深いはありませんか)。

★音楽の源泉を探りあて、更に独自の新しい音楽を創造
バルトークの研究が優れていた点は、収集した音楽をとことん調べあげ限りなくその源泉までさかのぼったことにあると言われています。音楽は地理的環境の影響を受け、時代の洗礼をうけています。ハンガリーの伝統的音楽も次第に西の音楽的要素が加わり原型はちっぽけなものになっていきます。彼はまさに失われつつあった民族の音楽の核を手に入れるのです。

こういう源泉を発掘するだけでなく、バルトークはそれら音楽の源泉を独自にアレンジし新しい音楽を創造します。ここがすごいのです。確かに彼の音楽は他の音楽家の誰にも似ていない独特の世界があります。ここのところ特にウィーン古典派を中心とした音楽を聞いてきた私の耳には非常に新鮮で、月並みな表現ですが、ワクワクするんです。

★晩年は不遇の日々
バルトークが1940年にアメリカに亡命してからの5年間は苦難の日々でした。祖国を愛していた彼が国を捨てるという行動に出たのはひとえにナチスの台頭による戦禍。母親が亡くなり彼はついにに亡命を決意するのです。

しかし亡命先のアメリカでも彼の音楽は一部の人々にしか受け入れられず、失意の中白血病に倒れました。祖国ハンガリーの民族音楽の魂に新たな息吹を与えた彼の音楽は本来普遍的なもののはずですが、その独特の音楽が、人々から指示を受けるためにはもうしばらく時間が必要でした。遺作となったピアノ協奏曲第三番は最後の17小節が未完のまま彼は1945年に亡くなりました。最後のオーケストレーションはバルトークの指示に従い、弟子のティボール・シェルリーが完成させたものです。

★スリルとロマンの両方を兼ね備えたコーフンものの音楽
この作品を始めて聞いた時の素直な感想をいわせてみらえば、
 「これ、本当にピアノ協奏曲?」
という感じです。確かにピアノは大活躍するし独壇場の箇所ばかり。しかし、ピアノがピアノという楽器というよりは、一種の打楽器のような印象を得るのです。88鍵の打楽器…。変な例えでしょうが本当なのです。ピアノという独立した楽器ではなくオーケストラのパートの一部のような。

特に第一楽章はこの印象が強く、じっと聞いているとハンガリーの奥深い森の向こうにありそうな未知の世界を覗いているような錯覚に陥ります。りりしい第一テーマ。シンプルですが、複雑に絡み合う音色とその音色と一体となったリズムが、頭の中で渦巻き、知らぬうちに興奮してきていることに驚きます。管楽器の雄弁さ。ピアノの怒濤の流れのようなアルペジオを伴奏に奏でられる木管楽器の不思議な哀愁帯びたメロディ。とんでもない音楽ですよこれは。なのに終わりはあっけなくフルートが印象的な声をたてて、中途半端に終わってしまうのは、妙な演出だ…。

第二楽章がこれまたいいんだなぁ。たぶんこの楽章はかなり聞きやすいでしょう。弦楽器による深い前奏。途中でフェイントぎみに妙なメロディが入りますが細かいことは気にしないでください。本題に入り寡黙なピアノによるメロディ、対話の相手は弦楽器です。ロマンチックで深い曲想ですね。ときおりフェイントぎみに妙な音も入ってきます。そこがまたアクセントになっていて微妙な余韻を醸し出すのです。中間部は第一楽章の再現のような木管楽器のざわめきが始まります。それにピアノも目を覚ましたように応える。この箇所はおもしろい!やがてこの楽章最初の音楽へと戻るのは再び眠りにつくためでしょうか。眠りにつくにしてはこのやるせないほどの情熱に、目がギラギラとしそう。そしてまたもや中途半端な終わりが…。ううっ、欲求不満になりそう。

二楽章続けてくれた欲求不満を解消するように第三楽章は騒がしく興奮もの音楽。ティンパニーの雄叫びがカッコイイ。そしてその後ピアノのソロ。これがほれぼれするほど見事なメロディです。思わず体を動かしたくなります。ピアノとリレーで弦楽器がややフーガ気味でつながります。以後ピアノと管弦楽が微妙に絡み合い、要所要所でティンパニーが小刻みのリズムを叩く。後は余計な説明をしている余裕はありません。頭の中では色んなメロディと和音、リズムが交錯し少々パニックになったり、パニックを感じたかと思えばウルトラロマンチックな曲想を挟んだり、そして再びスリリングな展開。休む暇もない音楽にきっと振り回され続けることでしょう。そして今度は、クライマックスは、ちゃんとスカッと終わってくれます(ああ、よかった…)。

★難関だが、バルトークの音楽の世界に一歩足を踏み入れると…
この作品、たぶん聞いて一度目は「?」だと思います。二度目は少しだけ興味をそそられることでしょう。でもまだ部分的にしか受け入れられない。三度目でようやく曲として全体を受け入れる心の余裕が芽生えます。本当に楽しめるのはこれからです。三度目まででこういう感じになれなければ、思い切ってここで聞くのを止めてください。CDをどこか奥底にしまうのもよし。人にあげるのもよし。でも出来ればしばらくしたらまた引っ張り出してきて聞いてみて下さい。

三度目までで運良く感覚的に受け入れられた方、さてその後?何度も聞いて下さい。いつの間にか、毎日聞きたくなっていることでしょう。おめでとう!あなたはバルトークという作曲家に少し興味を覚え始めたはずです。たぶんあなたは彼の他のピアノ協奏曲や管弦楽曲をそう遠くない将来聞いてみようとするでしょう。

でも、それからが意外に難関ですから覚悟して下さい。なぜなら「ピアノ協奏曲第三番」はバルトークの作品の中でも比較的親しみやすい方だからです。他の作品はてこずるかもしれません。でも恐れる必要はありません。そんな時はリズムと一体となった彼独特のメロディに、まず断片的にでも結構ですから耳を傾けましょう。それとこの音楽は頭だけではなく、体全体で聞いてみましょう。彼の音楽の根源には、民族が育んだ「生きた音楽」があるのですから。そうすると自然に音楽は受け入れられるはずです。

その先?私は知りませんよ。あなたはめくるめくバルトーク音楽の世界に足を踏み入れたんですから、もう抜けられません。ずっと楽しんで下さい。


【私の聞いたCD】
バルトーク「ピアノ協奏曲第3番」Sz.119
「弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽」Sz.106
 ※バルトーク最高傑作とされている超有名な作品です。編成がとんでもありません。2つのオーケストラ、小太鼓、シンバル、タムタム、大太鼓、チェレスタ、ティンパニ、木琴、ハープ、ピアノというユニークなもの。浮遊するような弦楽器のメロディが怖い第一楽章。スリリングな第二楽章。火の用心カチカチかと勘違いしそうな第三楽章。これもまた怖い弦楽器の独壇場。第四楽章はリズムが圧巻。すごい。
「管楽器のための2つの肖像」op.5,Sz.37
 ※この作品は第一曲目はベルトークが恋したヴァイオリニストに捧げた「ヴァイオリン協奏曲」の第一楽章。美しくも観念的過ぎて、こんな音楽を捧げられた女性はコロッと参ってしまうか、けんもほろろに無視されるかどちらかでしょう。バルトークは見事にフラれ、原曲の協奏曲は女の死後発見され初演となったそうです。バルトークはこの曲を転用し「2つの肖像」として発表したわけです。
指揮: ギーレン(ミヒャエル), ペスコ(ゾルタン), その他
演奏: シャーマン(ラッセル), 南西ドイツ放送交響楽団
アマゾンのリンク

ショスタコーヴィチ 「ピアノ(とトランペットのための)協奏曲第1番」ハ短調 作品35

ショスタコーヴィチ(1906-1975)
Dmitri Shostakovich  「ピアノ(とトランペットのための)協奏曲第1番」ハ短調 作品35  Concerto No.1 in C minor for PIano, Trumpet and Orchestra Op.35

普通ピアノ協奏曲といえば華麗であり、ピアノという楽器の美しさを堪能できる音楽のはずだ。ある種のパターンというものが、聞き手にはある。多少普通とは違う曲想が出てきても、それは主流を逸脱しない程度のいわばフェイントであり、だいたいが安心してその華麗さに身を(耳を?)浸れる、それがピアノ協奏曲だと、私は信じている。いや、いたというべきか。

ショスターコーヴィチはそんな私の既成概念などお構いなしに、独特の世界をこの「ピアノ(とトランペットのための)協奏曲第1番」で提供してくれた。なにしろ主ソロ楽器のピアノに加えて、要所要所でトランペットを第2のソロ楽器として加えている。その独創的なこと。
頭がはち切れそうな音楽だ、本当に。聞いて下さい、第一楽章から度肝を抜かれること保証しますよ。私は先に述べたような「普通の(何をもって普通なのかという議論もありそうだが、、、)」ピアノ協奏曲を受け入れる耳で心の準備をしていたのだが、途中で頭がパニックになりました。これ、マーラーよりすごい常識を逸脱した音楽ですよ。あ!プーランクに似ているな。

先の予想ができない。今日、ベートーヴェンのピアノ協奏曲を全曲通して聞いたけれど、ベートーヴェンの場合はメロディや展開がある程度は予想できる。ところがショスタコーヴィチは全く予想できない。まるでジョージ・ルーカスの映画のようにスリリングで、息をつく間もないのです。疲れる、、。
第一楽章 唐突なピアノとトランペットの音による始まりに続き、「熱情」のメロディにほんの少し似た主題。そしてはちゃめちゃぶりはすぐに始まるのだ。美しい曲想が出てくると思えば、全く別のリズムや和音が登場するわ、トランペットが鳴るわ、とにかく忙しい。この音楽についていくためには既成概念を捨てなければなりません。

第二楽章 弦楽器による深い味わいのある前奏だ。不思議なメロディに心を奪われる。そのメロディに見事にフィットした叙情的なピアノ。ピアノとオケのデュオの素晴らしさ。ドラマチックな中間部の展開。その後の弦の美しさといったら言葉では表せない。トランペットも控えめに哀愁帯びたソロを奏でる。低音楽器のソロにも注目!

第三楽章 宝石のきらめきのようなピアノのソロ。また弦楽器の情熱的なメロディ。

第四楽章 この余韻にひたっていると、突然快活なリズムに曲は変わっていく。またもやあわただしい音楽の始まりだ。ピアノ、オーケストラ、それにトランペットが彩りを加える。ひととおりの騒ぎが終われば、トランペットのソロ。それをぶちこわすようにピアノが邪魔をするが、トランペットは何食わぬ顔でソロを続ける。再び騒ぎは続いて、今度はトランペットまでもが騒ぎに加わり一気にフィナーレを迎える。ああ、、、疲れた。
この曲にはショスタコーヴィチが経験した職業の影響がある。彼は生活のため無声映画のバックグランドミュージックをピアノで奏でるというアルバイトをしていた。音声による台詞のない映像を、いかにスリリングに見せるか。それはひとえに映画館のピアニストの腕にかかっていた。スペクタクル!ジョージ・ルーカスの映画のようだと先に書いたのは、大げさではあるまい。まさに彼はそれをピアノだけで演じていたのだから。


色々と憂鬱なことが多かったので最近気が滅入っていた。そんな気持ちをスカッとさせてくれたのがこの「ピアノ協奏曲」。深い味わいのメロディもあるし、はらはらさせてくれる。エンタテインメントとしてのクラシック音楽にふさわしい逸品である。オススメ!
【私の聞いたCD】
ショスタコーヴィチピアノ協奏曲第一番&第二番、ピアノ五重奏曲
イェフィム・ブロフマン(ピアノ)
トーマス・スティーブンス(トランペット)
エサ=ベッカ・サロネン
指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック
ジュリアード弦楽四重奏団
SRCR 2475

シューベルト 「ロザムンデ(魔法の竪琴)序曲」 D.644

シューベルト 「ロザムンデ(魔法の竪琴)序曲」 D.644
Overture “Die Zaberharfe”, D.644
付随音楽「ロザムンデ」 D.797 全曲
Rosamunde von Cypern, D.797(Op.26)

交響曲に限らず劇音楽(オペラを含む)もシューベルトは未完成作が多い。完成したのは10作。そのうち彼の生前に公演があったのはわずか3作。未完成やスケッチの残っているのは9作。焼失したため未完状態になっているものも含まれる。多くはよほどのシューベルトファンにでもなければ一般的に知られていないし、残念ながら長い間注目もされてこなかった。近年再評価されているらしい。付随音楽として残っている完成作品は「魔法の竪琴」序曲と「ロザムンデ」だけである。だから「ロザムンデ」は貴重な作品なのだ。

やっと今日の本題だ。
さてこれは劇の付随音楽であるから、できれば劇のあらすじなどを知りたい。ところが私の持っているレコードの解説には「台本が今日残っていないので劇の内容はもとより、シューベルトの曲がどの場面で用いられたか、正確には不明」(小林利之氏筆)とある。困る。せっかく関心をもちはじめた題材だ、もっと知りたい。ということでインターネットで国内外のホームページを調べた結果、次のようなストーリーであることがわかった。

★ファンタジーの常道をいくシンプルな物語
題名は「キプロスの女王ロザムンデ」というのが正式なタイトル。貧乏な未亡人に育てられた娘が実はキプロスの王位継承権のある姫でありある日突然女王になる。なぜ娘が外に預けられたのか理由はわからないが、一夜で世界が変わっていたとはこのことだ。だが、国には政権を狙う輩がいて陰謀を企てる。彼女との結婚をもくろんだり、挙げ句の果てに毒殺などを。王女の運命やいかに?という危機一髪の所で、ファンタジーの常道、若き青年が彼女を救いに来る。セーラームーンが危機の時にかならず現れるタキシード仮面のように。王女は救われる。しかもその青年は王女が子供の頃に将来結婚するべく定められた許嫁であったこともわかる。めでたしめでたし。映画にしたらきっと映画館が閑古鳥を泣きそうなクサイ物語である。が、劇やオペラはストーリーが単純な方がわかりやすくっていいのだ。この劇を見てみたい気がするが、台本がないのなら仕方がない。ということでシューベルトが書いた音楽だけが残っている。

★序曲+10の楽曲、その全貌
曲は序曲と10曲で構成されている。なぜ序曲を分けるかって?この序曲、実は別の付随音楽「魔法の竪琴」の序曲なのだ。つまりシューベルトは「ロザムンデ」のために序曲を書いていない。時間がなかったのが主な理由のようである。また当時はいろいろな音楽を使い回すことはよく行われていたようだ。初公演時には彼のオペラ「アルフォンゾとエストレッラ」の序曲を転用したという説や、実際には「魔法の竪琴」を使用したという説があるようだが、現代、「ロザムンデ」の序曲といえば「魔法の竪琴」D.644のことをさす。


《序曲》
この一曲だけでも充分聞く価値のある序曲だ。事実この序曲が最もポピュラーで録音も多い。全体は三部に分けられそれぞれが美しいメロディと躍動的な弦楽器や緑の風のような木管楽器で彩られている。序奏部はおごそかなユニゾンで始まる。一瞬ゴジラのテーマかと思い違いしそうな冒頭だが弦楽器のダイナミックな音色は気持ちがいい。すぐに木管楽器のメランコリックなメロディが現れる。メロディを低音弦楽器が受け継ぐ箇所が特にいい。やがてヴァイオリンによるメインテーマ。これがいいんだなぁ。メロディメーカーのシューベルトならではの曲想だ。先週からずっと頭を離れないこの旋律。口ずさみながら道を歩いていれば心も軽やかで明るくなる。バックで控えめに鳴るベース音も効果的。この美しいメロディはやがてクラリネット、オーボエソロによる第二テーマに受け継がれ音楽も曲調もクレッシェンドだ。聞いていて自然と気持ちが高まってくる。それほど素晴らしい。「ロザムンデ」で最もポピュラーなのはこの序曲だろう。録音も数多い。それもうなずける充実した音楽。
でも、読者の皆さんには、序曲だけでなくこの後の音楽もぜひ聞いて頂きたい。楽しみはまだまだ続くのだ。


《間奏曲第1番》
日本古謡「さくら」が主題に使われている希有な音楽。というのはジョークですから真に受けないで下さい。でも序奏後メインメロディ冒頭の一小節は似ています(←似てないって!)。序曲とはうって変わり予断を許さない場面設定になるような、つまり悲劇を予感される雰囲気である。弦楽器のダイナミックな動きに注目したい。ティンパニーのドカンというアクセントが印象的。第二主題はこれまた美しい弦楽器と管楽器のハーモニー。クライマックスの激しさは圧巻!最後金管楽器のハーモニーを残す。この余韻には不思議な気持ちにさせられる。間奏曲後に繰り広げられるのはどんなシーンだろう。


《舞踊音楽 第1番》
「間奏曲第一番」と前半は同じなので録音ミスかと勘違いするが、舞曲が展開するにつれて曲の雰囲気は徐々に変わり木管楽器の美しい音色が堪能できる。舞曲の継ぎ目で現れるホルン音の余韻がいい。クラリネットとオーボエのソロを特に聞いてほしい。やがて弦のトレモロ先導で低音楽器の深いメロディと木管楽器の会話。牧歌的なメロディがオーボエ、フルート、クラリネットへと受け継がれる。ここの箇所はまさに夢の世界か?


《間奏曲 第二番》
ゆったりとした合奏はどこかもの悲しい。常にハーモニーでメロディは進む。弓を使わず指による音で弦がまるで運命が押し寄せるように静かにクレッシェンドしてくるのが、なんとなく怖い。ハーモニーは美しいのに、背筋がぞっとするのはなぜだ?最後に現れるトロンボーンのメロディは後の曲へつなぐメッセージかもしれない。


《ロマンス「満月は輝き」》
アルト独唱木管楽器の静かな前奏に続き、深いアルトの歌声。前奏は長調なのに歌では一転し短調。これがまた深い叙情的なメロディ。さすがメロディメーカーだ。間奏と歌との見事なコントラストを楽しみたい。


《亡霊の合唱「深みの中に光が」》
男声合唱男声合唱ファンの皆様、ついにシューベルトの男声合唱曲の登場ですよ!何も言うことはありません。このハーモニーの醍醐味を堪能しましょう。途中の不協和音を含む和音の動きの見事なこと。どちらかといえばポリフォニー崇拝者である私もこのホモフォニーを聞けば考えを変えざるを得ません。圧倒される素晴らしさ。表現の言葉が見つかりません。


《間奏曲 第三番》
弦楽四重奏曲第13番第二楽章にも登場する有名なこのメロディ。清涼で暖かな音楽に心奪われます。中間部のクラリネットソロはがまたメランコリックで、いい味が出ています。


《羊飼いのメロディ》
ホルンのシンプルなハーモニーをバックにクラリネットが奏でる間奏曲的存在。だが不思議な存在感。


《羊飼いの合唱「この草原で」》
混声合唱前の曲と同じようにクラリネットのメロディが先導しホルンに受け継がれる前奏。合唱のハーモニーがとにかく素晴らしい。中間部では4人のソリストによる重唱がある。合唱と重唱の音のコントラストが楽しい。


《狩人の合唱「緑の明るい野山に」》
混声合唱男声合唱、女声合唱、そして混声合唱と一度に三種楽しめる。題名の通り狩人の合唱。キプロスが舞台だが、この曲を聞く限り私には低オーストリア州の明るい野山の光景とオーストリア風民族衣装をまとう人々が踊っている様子が目に浮かぶ。


《舞踊音楽 第二番》
終曲も舞曲。おそらくハッピーエンドの王女と許嫁が舞踏会で幸せに踊る場面なのだろう。聞くだけで優雅に踊りたくなってしまう。終曲にしては派手なクライマックスもないが、上品な雰囲気は、かえってこのストーリーにぴったりかもしれない。


★私の聞いたレコードSLA-1132
シューベルト「ロザムンデ(魔法の竪琴)序曲」
D.644付随音楽「ロザムンデ」 D.797
全曲管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:カール・ミュンヒンガー
合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団
(合唱指揮:ノルベルト・バラチェ)
コントラルト:ロハンギス・ヤシュメ
【musikerコメント】
この録音は素晴らしい。特に序曲、そして合唱の入った曲は最高。
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★新しい録音ならアバド指揮のこちら↓シューベルト 劇付随音楽《ロザムンデ》全曲指揮:クラウディオ・アバド管弦楽:ヨーロッパ室内管弦楽団
※米国amazonでは序曲、男声合唱、混声合唱等一部試聴可能です。こちらで ※こちらもしamazonではマーケットプレイスのみで入手可能