モーツァルト
フルート協奏曲第1番
ト長調 K.313(K.285c)

モーツァルトのフルート協奏曲は二曲存在します。けれど、第二番は、オーボエ協奏曲とほぼ同じもので、出来たのはオーボエの方が先ですから、その意味では、純粋なフルートのための協奏曲とはこの1番が事実上唯一ということになります。

モーツァルトがフルート嫌いなのは有名ですね。その理由はフルートという楽器がまだ発展途上にあり、当時は音をコントロールすることさえもとても難しかったことを頭に置いておかなければなりません。あの頃のフルートは、木の筒に穴を開けただけのシンプルなものでした。今日のフルートとは比べようもありません。

しかし、嫌いなわりには、いい曲が多いのは、やはりモーツァルトならではでしょう。室内楽作品はいずれも軽いタッチで気軽に聞けます。もちろん短い音楽の中に明もあれば暗もある深いさが魅力です。特にフルートの音色の奥行きが感じられます。


前項で出てきたフルート四重奏曲(フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)のケッヘル番号は285(第1番)で、他に285a(第2番)、285b(第3番)があります(第3番は「セレナード」K.361の編曲ということでモーツァルト作がどうかについて疑惑あり)。協奏曲第1番にK.285cという番号もついていることから、一連の創作なのです。

依頼主はマンハイムの金持ちでアムステルダム人ド・ジャン。自らもフルートを吹く音楽愛好家です(協奏曲第2番もK.285dですから、合計5曲ジャンのために書いたことになります)。もともとは、フルートのための三曲の小さなやさしい短い協奏曲と二、三曲の四重奏曲を書いてくれたら200グルデン(=現在なら60万円くらい?)支払う、という話でした。モーツァルトが完成させたのは、二曲の協奏曲と三曲のフルート四重奏曲。

依頼主がお気に召さなかったか、期限に間に合わなかったかは定かではありませんが、彼はほぼ半額96グルデン(=29万円くらい?)を謝礼として受け取ります。ここからは私の想像で、学術的根拠はないので、単なるmusikerのお話として受け止めていただくことを前提に述べますと…。

結局、ド・ジャンは「やさしい小さな協奏曲」と言ったのに、モーツァルトは、決してやさしくない、結構なボリュームの協奏曲を書いてしまった。それがジャンは気に入らなかったのではないでしょうか。自分が演奏したかったのにちょっと難しいし、長い。「こんな長い曲吹き続けられないじゃないかい。どうしてくれるんだい!」とあからさまにクレームをつけられない。メンツもありますしね。だから謝礼をディスカウントさせたんじゃないか、と想像するのです。「フルートと管弦楽のためのアンダンテ ハ長調」(K.285e)は、協奏曲第1番の第二楽章として差し替えるために書かれたのではないかという説もあるようです。


【第1楽章】 Allegro Maestoso  約9分半
モーツァルト協奏曲のお約束、管弦楽の前奏が2分続きます。1分間の試聴ではフルートを聞けない「試聴用サンプル」泣かせ。もう少し考えて作ってもらわないと…、とモーツァルトにクレームをつけたくなります(笑)。軽快なマーチを思わせるフルートの音色に、心がおどります。小鳥のさえずりのような小刻みなメロディが心地よく、また、管弦楽の伴奏も小気味よいです。中間部は短調になり音階を巧みに飛ばしちょっと影のある音色を演出。軽快なメロディに悲哀が加わるというわけです。最後はフルートの素晴らしいカデンツァ。これは圧巻。

【第2楽章】 Adagio ma non troppo 約10分
短い厳かな前奏の後、管弦楽と一体になったフルートが奏でるメロディのホント美しいこと。このぬくもりと厚みは、弦楽器、特にヴィオラやチェロの音色が醸し出しているのでしょう。主題の繰り返しではややフルートが前面に出てきます。こみ上げてくるこの情感は何だろう…。オケとの対話もやわらかく、澄みきった空のようです。中間部は第一楽章同様、少し影を帯びてきて、思慮にふけたくなるのですが、再び青空が見えてくる。控えめなフルートの音色をぜひ堪能しましょう。最後は美しいカデンツァ。カデンツァは美しい。でも、どことなく寂しい気分になるのはなぜでしょう?

【第3楽章】 Rondeau. Tempo di Mennuetto 約8分
終章は舞曲。活き活きとした流れるようなヴァイオリンのメロディ、そして低音楽器が刻む三拍子にのって、はしゃぎまわるフルートの音色、そして対話が心を洗うでしょう。低音から高音を自由自在に行き来し、駆け回るフルートが心地よいですね。特に、中間部のメロディが本当に見事で、味わい深いです。この楽章のカデンツァは短いのですが、前の二楽章とはまた違った魅力に富んでいます。カデンツァの後、主題の再現。ここでなお一層フルートが飛び跳ね、主役に脇役に活躍。最後は、管弦楽のみでフェードアウト気味にフィナーレ。

★私が聞いたCD
モーツァルト
クラリネット協奏曲 イ長調 K.622
 アルフレード・プリンツ(クラリネット) 録1972年
フルート協奏曲第1番 ト長調 K.313(K285c)
 ヴェルナー・トリップ(フルート) 録1973年、74年
ファゴット協奏曲 変ロ長調 K.191
 デイートマール・ツェーマン(ファゴット) 録1973年
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:カール・ベーム
ウィーン・ムジークフェラインザール

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