-----人には音楽を聞く動機がいろいろある。気晴らし、リラックス、思い出、活力、愛、怒り、悲しみ、人恋しさ、やすらぎ。元気になりたくて聞く音楽。今日仕事で失敗して、上司からこっぴどく怒られた。得意先から大クレームで右往左往した。ひどいテスト結果だった。友達と喧嘩した。恋人にふられた。そんな時は明日の活力が沸く曲を聞きたい。一方、家族や友達にも恵まれ、何も不満のない毎日を送っているけれど、なんとなく孤独を感じている人もいるだろう。
いや人はみんな孤独だ。自分は他人にはなれないし、他人も自分にはなれない。なぜなら本当の心は自分の中にしかないからだ。だから寂しさを寂しさとして感じるられる人こそ、人の愛を大きくうけとめられるはずだ。孤独をぐっとかかみしめる時に聞く音楽。なんだか知らないけどうきうきした気持ち。説明できないのだけれど、楽しい気持ち。
そんな時に心に流れる音楽。シューベルトの「ピアノソナタ第20番」はこうした人間十人十色の感情にぴったりのソナタである。
躍動的で力強い始まり、メロディや和音の合間に半音階を装飾的にちりばめた印象的な第一楽章。知らぬ間に活力がみなぎってくる。
黄昏の一人散歩のように、悲しげな第二楽章。寂しさをぐっとかみしめ、静かに聞きたい。そして孤独を孤独として受け止めたい。
妖精が氷上で踊るような軽やかなワルツの第三楽章。説明できないけどなんとなく楽しく軽やかな気持ちになってくる。
そしてまるで歌曲のような親しみやすいメロディを高らかに歌い上げる第四楽章。繰り返し繰り返し奏でられるメロディはさりげなく、でも心にずんずんと響き頭の中にずっと残る。不思議だ。とても優しい気持ち、そして元気な気持ちになってくる。
シューベルトは短い生涯で21のピアノソナタを書き残した。ベートーヴェンをお手本にしたといわれるが、どうだろう。未完成作品も多く、ピアノソナタで完成したのは15曲だという。第20番は最後から2番目のソナタだ。19、20、21番は作品番号でも続き連作となっている。なぜ立て続けにピアノのソナタを書いたのか?その説明は音楽専門書に任せることにするが、私は19番に比べ、20番がとても明るく、躍動感溢れていることに興味を感じる。
31歳というあまりに若い年齢でこの世を去ったシューベルトにとって、以後の活躍を予感させる作品であり、シューベルトがシューベルトであることを強烈に示す作品でもある。第四楽章には少しくどい変奏部分が多いと個人的には感じるが、それも割り引いていいだけのスケールと魅力がこのソナタには、ある!バックハウスというドイツのピアニストも最後の演奏会でシューベルトの「楽興の時」を弾いている。シューベルトのピアノソナタをもっと聞いてみたくなった、、。
投稿者: musiker21
ヨハン・シュトラウス 喜歌劇「こうもり」
★オペラ劇場という異次元の空間
舞台芸術の王様と言われているオペラ。すべての舞台芸術がぎっしりとつまっている贅沢な芸術。いや、芸術などという呼び方はやめて、娯楽、エンタテインメントと呼ぶべきでしょう。
昔仕事でウィーンへ行き、ウィーン国立歌劇場やフォルクスオパーでオペラ鑑賞をした際に感じたワクワク感は、言葉では言い表すことのできない独特なものでした。まずオペラ劇場の建造物としての美しさ。外装はもちろん、内装もまさに異空間。当たり前ですが、日本にはこれと同じ空間はありません(日本には別の独自の演芸場があり、これは海外の人々にとって興味深いものです)。そして、そこに行き交う観客たち。みんな本当に楽しそうで、心から楽しもうとしています。変な例えですがある種「気迫」のようなものが伝わります。もちろん、オーケストラや出演の歌手達の演技の素晴らしさや舞台装置、美術の美しさはいうまでもありません。異次元の空間とはこのことか、と感動したことを今でも思い出します。
★「こうもり」をふたたび
とりわけ最も印象に残ったのが、オペレッタ(喜歌劇)「こうもり」。ヨハン・シュトラウス作の有名な作品ですね。ウィーンでは年末の公演が多いようです。私も1988年末に、ウィーン国立歌劇場で見ることができたのですが、オペラがこれほど楽しいものだと、思い知らされたのが、この作品でした。
あの時感動した気持ちをもう一度。日本にいてあの経験と全く同じ体験は無理としても、映像でその感動をよみがえらせることはできるかも。ということで色々物色していたら格好のDVDを見つけました。カルロス・クライバー指揮、バイエルン国立歌劇場で収録された喜歌劇「こうもり」です。
指揮者クライバー本領発揮の分野オペラでもあるし、期待はふくらみます。CD版もありますが、今回は映像が見たかったため、DVDを選びました。
結果は最高でした!!
まるでバイエルン国立歌劇場の観客席で、幕が上がるまでの時間をワクワクしながら待っているような気持ちを味わえたのです。
★オペラの醍醐味は、幕が開く前にある
幕はまだ閉じたままのステージ前のオーケストラピットに団員が入ってくる。オーケストラの団員達はそれぞれ自分の音を確かめるように、音階を鳴らしている。
会場の明かりが次第に暗くなる。団員たちも音を止める。
指揮者が拍手を浴び登場。間髪入れずタクトをあげ、オーケストラの演奏は始まる。
これから始まるオペラに登場する音楽のエキスがぎっしりつまっている「序曲」です。公演を何度も見たことのある人は、そのメロディから、かつて見た場面を思い浮かべるでしょう。初めての人は、どんな場面になるのかを想像する。観客それぞれが思い思いのイメージをふくらませ、幕が開く、、、、。幕が開く前までで、これだけ楽しめる。ワクワク。
★映像で見られて良かった
さすがにDVDですから、カメラアングルは最高。客席では見られない歌手の表情がはっきりと見られます。ドイツ語も会場では全く理解できませんが字幕があるので、内容がわかります。
現地のオペラ好きの方とはハンデがありますよね、日本人は。なにしろ言葉がわかりません。私の持論ですが、オペラはまず言語が理解できる事が必須条件です。あらすじを知ることはできます。対訳をあらかじめ読めば、雰囲気はわかるでしょう。でも映画もそうですが、その台詞を発した時に、即座に言葉の意味がわからなければ作品を真に理解していることにはなりません。
そのハンデがDVDでは解消できます。
音楽としてだけ楽しむにはCDで十分ですが、映像で見るのは別の意味で、おもしろいですよ。本当は、内容を頭にたたき込んで、実際のステージを見るのが最高ですが、、。
★第三幕の酔っぱらい看守の見事な演技
ウィーン国立歌劇場でもそうでしたが、私が喜歌劇「こうもり」に惹かれたのは、実は音楽や歌だけではないんです。
このオペラ、ストーリーが実に大人向け。しかも神話などを題材にしているわけではなく、上流階級ではあるものの、夫婦愛、浮気など、とても身近なテーマなので、親しみやすいのです。
詳しく書くと、楽しみが減りますから書きませんが、第三幕の舞台は、なんと監獄の管理人室。シチュエーションも特異ですが、登場人物の一人である看守がおもしろい。酔っぱらいで、元旦の朝だというけれど、酒の入った小瓶を懐から出して、旨そうに飲みながら、色々と語る台詞が本当に面白いんです。
この看守役、歌は全くなく、台詞だけの演技でこなします。役者の力量だけでステージで個性を発揮しなければなりません。
ウィーン国立歌劇場では、指揮者に向かって、「おい指揮者よ!調子に乗るんじゃないぞ!」とおそらくアドリブで語り、客席から絶大な拍手を浴びていた酔っぱらい看守が、強烈に今も印象に残っています。
DVD版の看守役も味があり、とってもいいです。私は彼の演技が見られただけで大満足です。
オペラを語るにしては、音楽以外の事を書いてしまいましたが、誰もが楽しめるオペレッタ「こうもり」は、最高のエンタテインメントではないでしょうか?機会あればぜひ見てください。
サン・サーンス 「動物の謝肉祭」 ※室内楽ヴァージョン Saint-Saens Le Carnaval des Animaux
音楽の授業では必ず取りあげられたはずのこの作品。これほどわかりやすく、親しみのある音楽も珍しいでしょう。クラシック音楽という分類なんか忘れててしまいます。
13曲で構成されるこの組曲はサン・サーンスの友人の夜会で演奏する目的で書かれました。初演と数回の演奏ではサン・サーンス自らピアノを弾き、当時有名な演奏者が参加したといわれています。
しかし数回の演奏会を後に彼は生涯二度と自ら演奏しなかっただけでなく、一般における演奏も禁止したのです。もともと夜会向けきわめて私的に書いた作品ですし、いろいろな作曲家の作品をパロディ的に扱っていたこともあり、道義上納得いかなかったわけです。ですから楽譜が出版されたのも演奏会で公開したのも彼の死後でした。
オーケストラで演奏されるのが一般的な「動物の謝肉祭」の原点は上のような事情で室内楽でした。私はたまたまいつもの「アンサンブル」で物色していた際にアナログLPレコードを見つけました。
編成を見てみましょう。
(1) 序奏とライオンの行進 (2台のピアノと弦5部)
(2) めんどりとおんどり(クラリネット、2台のピアノ、ヴァイオリン第1、第2とヴィオラ)
(3) 野生のらば (2台のピアノ)
(4) かめ (第1ピアノと弦5部)
(5) 象(第2ピアノとコントラバス)
(6) カンガルー(2台のピアノ)
(7) 水族館(フルート、グラス・ハーモニカ、2台のピアノ、ヴァイオリン第1、第2、ヴィオラとチェロ)
(8) 耳の長い登場人物 (ヴァイオリン第1、第2)
(9) 森の奥に住むかっこう(舞台裏で吹くクラリネットと2台のピアノ)
(10) おおきな鳥かご(弦5部、フルート、2台のピアノ)
(11) ピアニスト(2台のピアノと弦5部)
(12) 化石(弦5部、木琴、2台のピアノ、クラリネット)
(13) 白鳥(チェロと2台のピアノ)
(14) 終曲(ピッコロ、クラリネット、グラス・ハーモニカ、木琴、2台のピアノと弦5部)
ピアノが2台あるので、それだけで骨格のしっかりとした音色になっています。オーケストラ版と比べるとこじんまりとした印象ですが、室内楽らしく個々の楽器の持ち味を堪能できて興味深いです。
堂々とした「ライオンの行進」、2台のピアノと弦5人だけでもこれだけ迫力ある音色になるのですね。「かめ」は有名な「天国と地獄」のメロディを弦5台でユニゾンで奏でます。不思議な気分です。
「象」のコントラバスのソロがイカすなぁ。「水族館」はグラス・ハーモニカという変わった楽器が使用されています。ガラスのコップを大きさの順に並べて回転させ、それに指を触れて鳴らす楽器で、19世紀にはフランスでかなり愛されていたとのこと。神秘的な音色に虜にさせられます。
「森の奥に住むかっこう」の厳かなピアノの音に遠くで聞こえるワンパターンのクラリネットとのコントラストが笑ってしまいます。「大きな鳥かご」の美しいフルートには心奪われます。私の聞いたレコードでは「ピアニスト」は少しおふざけがはげしいけど、下手くそな演奏が妙にいい味を出します。
色々な歌曲が混ざっている「化石」、木琴の音が効きます。クラリネットのユーモラスな音色も楽しい。誰もが知っている美しいメロディの「白鳥」、チェロの音色を充分味わってください。バレリーナが必死に踊る光景を思い浮かべます。「終曲」は「序奏」と同じオープニングですが、その後の調子のよいテンポやピアノの活躍などが気持ちいいフィナーレです。
モーツァルトはドイツ人か
先日Yahooで発見した話題の中に興味深い記事を見つけました。ドイツでモーツァルトがドイツ人かオーストリア人かの議論が巻き起こっているというのです。発端はテレビ局の企画で「最も偉大なドイツ人は誰か」というアンケートを実施したところモーツァルトが300票獲得したことでした。
ま、遠い遠い極東の我が国からすれば正直言ってどーでもいい話題なのですが当事国にとっては大問題のようです。
★モーツァルトは現オーストリア領内が活動の拠点だった
モーツァルトは1756年ザルツブルクという街に生まれました。神童として父親とヨーロッパ各地を旅して廻る旅芸人みたいな生活を経た後、ザルツブルク大司教に仕える音楽家になります。しかし窮屈な生活に嫌気がさしてウィーンへ飛び出て、宮廷音楽家になることを夢見つつ数々の名曲を書きます。活躍、そして挫折(というよりも彼の音楽があまりに新しすぎてウィーン人がそれを受け入れることができなかった)。35歳の若さでなくなるまでモーツァルトはウィーンに生きました。
ということで神童として欧州全土を旅していた時期以外の彼の活動拠点は確かに現オーストリアになります。現代的感覚でいえばドイツ人ではなくオーストリア人です。現にこのアンケートにクレームをつけたのは在ドイツのオーストリア大使館でした。
しかしドイツ側の主張は、モーツァルトが生きた時代(1756-1791)オーストリアという国そのものが存在せず、ザルツブルクもウィーンも単なる神聖ローマ帝国下の町である。だからオーストリア人ではない、という理屈なのです。(※正確にいえば当時ザルツブルクは一種の独立国であり、大司教国でした)
★オーストリアは1806年、ドイツは1871年にそれぞれ誕生
西洋の歴史に疎い私は改めて調べてみました。オーストリア帝国が誕生したのが1806年。一方ドイツ帝国が誕生するのは1871年なのです。その後戦争やら紛争が繰り返され19世紀と20世紀はドイツとオーストリアにとっては混沌とした時代でした。第二次世界大戦後オーストリア共和国が誕生し、ドイツは長い間ドイツ連邦共和国とドイツ民主共和国の東西ドイツに分かれた後に21世紀になる間際、感動的なベルリンの壁崩壊を経て統一国ドイツになります。
でもこれはあくまで政治的な意味での国家としてのドイツとオーストリアのお話。ドイツもオーストリアも文化的な意味合いとしては国が誕生する以前から長い歴史があります。
★ドイツ人にもモーツァルトがドイツ人だという感覚があるのか?
まあ、事実はこんなところです。結局ドイツ側の言い分もオーストリア側の言い分も両者どっちもどっちだと思います。しかし、ドイツ側の主張は少しへ理屈のような印象を受けます。同種のへ理屈で対抗するなら、ゲーテやベートーヴェンも厳密に云えばドイツ人とはいえなくなります。しかし現代人がゲーテとベートーヴェンの出身国をいうとき、誰もがためらいもなくドイツといいます。
少し次元の低い例をあげましょうか。私はオーストリアとドイツを何度も訪問しています。オーストリアはことある事にモーツァルトを自国の音楽家としてアピールし、名物等にいろいろ彼の名を使っています。しかし、ドイツでモーツァルトを同種の目的で使用している例には一度もお目にかかったことがありません。ドイツ人の意識の中ではお国の音楽家はベートーヴェンであり、ワーグナー等というのが一般的な常識のように思えるのです。
もっとも私の訪問した土地だけからの印象かもしれませんので、何ともいえませんが、感覚としてはそうなのです。それなのに、先のテレビのアンケートの結果を見ると、現代ドイツ人がモーツァルトを自国の音楽家だと認識している人もいるという事実。このギャップに驚きます。
★ドイツ文化が生んだ偉人、そして世界の宝モーツァルト
そういえば音楽の歴史では、ドイツ音楽の範疇にモーツァルトは入っています。音楽史の観点からなら全く違和感はありません。また、モーツァルト自身だって必死にドイツ民族のためのドイツ語によるオペラを持つべきだと主張しました。彼はドイツと西方(主にイタリア)との対比で音楽をとらえていたといいます。ですからドイツ「文化」の偉大な人物という見方をすれば、このアンケート結果は、別に不思議でも何でもないのです。
まあ、歴史と人間との結びつきは大変奥深いものがあるということを教えてくれた出来事でした。日本やアジアだって微妙な関係がありますし、まして遠いヨーロッパのこと、我々が知り得ない深い何かがあるのでしょう。
いずれにしてもモーツァルトは世界の、いや地球の生んだ偉大な音楽家。彼の残してくれた音楽に、私たちは一生酔いしれようではありませんか。
【註】ちなみにグローヴ音楽事典(コンサイス版)では、モーツァルトは、オーストリアの作曲家(Austrian Composer)と記載されている。ベートーヴェンはドイツの作曲家(German Composer)。当たり前か?
長野県飯山市に流れたモーツァルト
★長野県最北端の飯山市
長野県は縦に細長い県である。最北端の栄村から最南端の根羽村までおよそ直線距離にして約200kmある。北から南まで高速道路を使えば2時間半ほどで走り抜けられるが、山が多いため、普通道や列車を使うととてつもない時間がかかる。
最北端の栄村の隣に飯山市がある。新潟県に隣接した雪国である。人口約26,000人。江戸時代までは千曲川を利用した舟運や越後へ続く街道を使った物流拠点として栄えたが、明治以後信越線の開通により拠点としての機能はなくなる。以後は農業を中心に、飯山仏壇、内山紙などの伝統工芸をはじめとする地場産業により発展。斑尾・戸狩などのスキー場があり、スキー用具の製造地でもある。
長野市から列車で行けば1時間ほどの距離にあるのだが、長野市とは全く別の風景になる。これは驚くばかりだ。こんなに近いのに別世界(もっとも長野は市街から少しはいると豊かな自然。その豊かさは半端ではないのだが、、)。飯山には冬に「いいやま雪まつり(2月)」という有名なイベントがある。冬はスキー客などで賑わうが夏はそれほど人も観光客も多くなくここはまさにのどかな田園地である。
なんだか飯山市の観光PRのような文になったが本題はこれからだ。
この飯山市を約20年前、1984年秋にウィーンの音楽家たちと訪れた。音楽家たちはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバー(現役あるいは引退したメンバー)を中心とした室内楽団であり、本場ウィーンで活動していた一流の音楽家たちである。ウィーン楽友協会のホールと、当時できたばかりの長野県県民文化会館との姉妹提携(楽友協会が姉妹提携に応ずるのは前代未聞だった)事業の一環として長野県に招待されたのだ。
★ポンコツバスでの道中、そして超シンプルな会館
相当古いポンコツバスでメンバーと長野から向かった。旧式のエンジンで、乗り心地も最悪だった。長い飛行機旅行、時差ぼけ、東京からの移動(当時はまだ「特急あさま」で上野から片道3時の旅)、連日のハードスケジュールで疲れていたウィーンのメンバーたちの表情が堅い。「まずい……」と私は思った。
ところが、、飯山市に近くなりあたりの景色を見るにつれて、彼らに笑みが戻ってくる。そう、緑豊かなこの地が、まるで故郷のオーストリアの田舎の景色に似ていて、心がなごんだのだ。
飯山市の市民会館に到着する。そこは本当に昔ながらの会館であった。シンプルで今みたいに設備も整っていない。舞台袖から階段を上った所にある控え室は引き戸の古びた部屋で、折り畳み式のテーブルとパイプ椅子。紺色の湯飲み茶碗とポット。本当にクラシックな日本の控え室(こういう表現でわかってもらえるかな?)。とてもウィーンの一流の音楽家に使ってもらうような部屋ではない、とその時は正直思った。内心困ったのだが、どうしようもない、、。
でも、彼らは文句のひとつもいわない。それよりステージでのリハーサルに余念がない。やがて開演時間がやってくる。会場にはたぶんそれまで一度もクラシック音楽、それも室内楽曲の生演奏など聞いたことのないであろう聴衆が大勢集まってきた。老若男女、子供もいる。会場は満員とまではいかなかったが7割程度埋まっている。
★第一楽章終了後の拍手喝采
ステージへメンバーが出ていく。大拍手。やがて演奏が始まる。モーツァルト「ピアノ四重奏曲第一番」である。冒頭からピアノと三本の弦楽器がユニゾンでテーマをダイナミックに奏でる。きびきびとしたいい曲である。聴衆もじっと聞いている。彼らの耳や心にはこのウィーンの音楽家たちが奏でるとてつもなく美しく柔らかな音色はどう響いただろうか。
第一楽章が終わる。ここで!私の最も恐れていたことが起こる。盛大な拍手がわき上がったのだ。それは大喝采といっていいほどの拍手である。拍手は鳴りやまないのだ。ううう、困った。ステージのメンバーを見る。彼らは苦笑している。まさか席を立ち拍手に応えるわけにはいかないから困っている。しばらくすると拍手は納まった。
第二楽章が始まる。今度はスローテンポの美しい楽章。ピアノの華麗な指裁きと繊細な弦楽器の音色のハーモニーが美しい。夢心地で第二楽章の演奏は終わる。さて、ここでも拍手が起こる。ピアニストは微笑みながら会場を見渡し少しだけうなずくしぐさを見せる。「ありがとう、でもまだ終わりじゃないからね、、」といいたげに。
快活な第三楽章が終わる。スリルとサスペンスの時間は終わった。割れんばかりの拍手だ!「いいんだよ、いいんだよ、今度はいくら拍手してもいいんだよ」ここで初めて私が胸をなで下ろしたのはいうまでもない。
★オーストリアやドイツだって同じさ
だが私の悪夢は続く。結局その日は最初から最後まで楽章が終わるたびに拍手が起こった。でも、メンバー達は皆嬉しそうだった。演奏会のマナーはともかく、自分たちの演奏を喜んでもらえたことに感動していたようだ。
帰りのバスの中、メンバーの一人はいう。「拍手のことかい? オーストリアや、ドイツだって、田舎なら同じようなものさ」間髪開けず別のメンバーが話しに加わってきた。「楽章の区別がつくかどうかは、知識の問題だからね。クラシック音楽を初めて聞く人だって多かったんだろう?それなら仕方がない。それより音楽を楽しんでもらえたのか、この会場に来て聴衆たちは幸せだったのか、それが大切なのさ」「……………………。」
拍手が起きるたび凍え、恥を感じていた未熟な自分を、私は恥じた。
私はこの作品を聞く度に、飯山のあの会館と、人々の満面の笑み、そして楽章毎の拍手がよみがえる。それにしてもあの時のモーツァルトは最高の演奏だった。あんな演奏は一生聞けないかもしれない。