月の歌 SONG ABOUT THE MOON

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月の歌 SONG ABOUT THE MOON
             アルバム「ハーツ・アンド・ボーンズ」第5曲

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A面ラストのしびれる歌 "Song about the Moon"(邦訳題名は「月へ捧げる 想い」)。タイトルを直訳風日本語にすると「月(について)の歌」。なんと そっけない和訳になるんでしょうね。いっそのこと、「ソング・アバウト・ザ・ ムーン」とカタカナにしましょうか?

月について考えるところをいろいろ歌っているものと、想像できますが、実際 は「君が月についての歌を書くとしたら…」という手引きのような歌。いわば、 シンガーソングライター向け特別講座。講師がポールですから、期待大です。
声の和音、というと変な表現ですが、ハミングのコーラスが曲の冒頭から印象 的です。きっとポールの声で多重録音されたのでしょう。それにしてもこの前 奏は結構長め(30秒あまり)ですね。

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 SONG ABOUT THE MOON 月の歌
            Copyright:1981 Paul Simon 和訳:musiker

 If you want to write a song about the moon
 月の歌を書きたいなら
 Walk along the craters in the afternoon
 午後にクレーター沿いを歩いてごらん
 When the shadows are deep and the light is alien
 闇が深まり光が消えかけると
 And gravity leaps like a knife off the pavement
 心は解き放たれるだろう、道端に捨てたナイフのように
 And you want to write a song about the moon
 だから、月の歌を書きたいなら
 You want to write a spiritual tune
 魂の歌を書くのさ
 Na na na na na na
 Yeah yeah yeah
 Presto, a song about the moon
 そうさ、それが月の歌だよ

おお!  in the afternoon の後の一瞬の間に聞こえるベースのアクセント が効きます。全体的にメロディというより、語りが主体。ポールお得意の 「しゃべり歌」です。良く聞き取れないほど一気に歌詞は進む一方、歌の方は 軽いアルペジオやコードストロークとがバックに聞こえるスローバラード風で、 のどかな雰囲気です。

正直に告白すると、私は "craters" の意味がよくわかっていません。ポールの イマジネーションが月へと飛び、月面のくぼみのことを言っているのか、それ とも他のことを意味するのか。ということで、卑怯にも(笑)「クレーター」 とカタカナ表記で逃げました。

月は夜を照らす「光」。でも、どうもポールは正反対にある「闇」をイメージ として浮かび上がらせようとしているようです。闇を恐れるのは人間。動物も 夜は活動を止めじっとしています。しかし、真っ暗闇に慣れれば、恐怖を通り 越してむしろ安らぎを感じる。何かを真面目に考える時、目をつぶることはあ りませんか。同じ状態が暗闇なんですね。そういう状態がしばらく続けば、心 は落ち着き、恐怖は消えていきます。その状態で、空に浮かぶ月の明かりを見 てみると、月の光がなんとも懐かしく、また神秘的に感じられると思うのです。
月→闇→魂→月への憧れ→月の歌。

ポールは、正反対の言葉を、連想ゲームのように並べ、更に循環さます。

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 If you want to write a song about the heart
 心の歌を書きたいなら
 Think about the moon before you start
 書く前に月を思い浮かべるといい
 'cause the heart will howl like a dog in the moonlight
 闇夜の月に吠える犬のように、胸がぶるぶる震えるだろう
 And the heart can explode like a pistol on a June night
 六月の夜のピストルのように、心が打ち放つのさ
 So if you want to write a song about the heart
 だから、心の歌を書きたいなら
 And its ever-longing for a counterpart
 パートナーへの思いを書くなら
 Na na na na na na
 Yeah yeah yeah
 Write a song about the moon
 月の歌を書け

ふふふ、「心の歌を書くなら、月を思い浮かべよ」とこれまた全く関連性のな いアドバイス。しかも、今度は犬の登場です。「グレイスランド」メイキング のDVDで、ポールは月に吠える犬の怖さを冗談交じりに語っていました。遠 吠えする犬。犬と言うよりオオカミを連想しますが。「コール・ミー・アル」 にも犬が一瞬出てきますね。犬は怖くて月へ向かって吠えるんだろうか。と、 どうでも良いことを考えています。

次の六月のピストルが、よくわかりませんが、私たちの知らない、ポールの心 に残った過去の出来事を連想しているのかもしれません。第1コーラスでは闇 の中のやすらぎ。そしてこの第2コーラスでは、逆に月下の恐怖を歌いつつ、 それを心へとつなげていきます。さらに、counterpartへの想い(私は無理矢 理「パートナー」としました)へとたどり着く。人間関係でいえば伴侶、相棒 を連想しますが、むしろここでは相対するもの、双方が影響を与える正反対の 性格のライバル、そして、自分の中にいるもう一人の自分、など様々なものが 集約されているのでしょう。

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優しげな音楽に転ずる、中間部の男の子と女の子の表現はユーモラスです。そ してしみじみとした感動を授けてくれるでしょう。

 Laughing boy laughed so hard
 大笑いの男の子は笑いすぎて
 He fell down from his place
 椅子から転げ落ちた
 Laughing girl she laughed so hard
 大笑いする娘は笑いすぎ
 Tears rolled down her face
 涙が頬からこぼれ落ちる
 Wo wo
 Don't look at her
 見るもんじゃないよ

コードの変化が歌い手の感情の変化を見事に表現しています。女の子が泣いて いるのは、笑いすぎてなのか、本当は悲しいのか、わかりませんが、ポールが 優しく「おいおい、見ていないふりをしようぜ」と語るのが微笑ましい。

さて、ここからが正念場。ポールは優しくそして厳しく、ソングライター君に アドバイスします。

 Hey, song writer
 ヘイ、ソングライター君
 If you want to write a song about a face
 顔の歌を書きたいときは…
 Think about photograph,
 写真を思い浮かべるのさ
 That you really can't remember but you can't erase
 それも、思い出せない写真、でも決して思い出から消せない写真を
 Oh wo
 Wash your hands and dreams and dreams and lightning
 君の手、君のその夢を、洗い流すんだ
 その夢と、その稲妻を、洗い流せ
 Cut off your hair and whatever is frightening
 髪を切り、恐れるものすべてを断ち切れ
 If you want to write a song about a face
 顔の歌を書きたいなら
 If you want to write a song about the human race
 人間の歌を書きたいなら
 Na na na na na na
 Yeah yeah yeah
 Write a song about the moon
 月の歌を書け
 
最後は「顔」です。
写真を思い浮かべよ、と勧めていますが、実は、写真そのものというより、写 真に潜む思い出を思い出せと言っています。思い出の中に見える顔を自分なり に思い描けというのでしょうか。

そして、きっとポールが最も歌いたかったのは、クライマックス「洗い流せ」。 手の中にあるもの、夢も、そしてうち砕かれボロボロになった失意、恐れるも のすべて。何もかも洗い流し、消え去った後に、かすかに残るのが、記憶の中 の「顔」というわけです。そして、記憶の中の「顔」は人間=人類、と壮大な イマジネーションが広がります。もっとも、彼自身はそう大袈裟な感覚などな く、根底にはポール流ユーモアの精神が流れているのでしょうが…。

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う〜ん…。長々と書きすぎました。
本来は、何もコメントの必要がない深い歌なのです。何も考えず、聞けだけで この歌を味わえるんですから。

軽いタッチですし、奇抜な抑揚はないけど、流れるようなメロディとアレンジ。 コーラス、コードストローク、アクセントが心憎いギターとベース、あまりに 心地よくてつい聞き流してしまいます。いや、ふだんはそういう聞き方でとこ とん楽しめばいいんです。

一方、ポールが選ぶ言葉の一つ一つをよく吟味してみると、言葉では言い表せ ない深い意味合いを感じます。たまには、英文を良く読み、かみ締めると更に 面白いでしょう。でも、深みにはまるりすぎ、つい時間が経過してしまいます のでご用心を。

手拍手も加わり、最後は、賑やかにクライマックス。後奏ではポールがノリノ リ、高めの声で絶唱(?)です。コンサートで歌うと会場からの手拍子を伴い、 更に盛り上がりそうです。見事なA面ラスト曲でした。


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