Song, Paul Simon ソング・ポール・サイモン

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      SONG, PAUL SIMON/ソング・ポール・サイモン

         Vol.32  2003年6月30日(月)

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「もの言わぬ目」 Silent Eyes
            アルバム 「時の流れに」第10曲 1975年

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終曲です。この終曲はずっしりと重い。聴けば聴くほどそう感じます。

シンプルで短いピアノの前奏、その深さは余韻となり、歌が始まるまでのほん
の数秒が数十秒もの長さにさえ感じます。

ピアノ、ベース、ドラムの編成による伴奏は終始控え目です。余計な飾りは全
くありません。静かで、しかも力強い演奏となっています。

見事なポール・サイモンのヴォーカルが、深いこの詩を盛り上げています。

  Silent Eyes  沈黙のまさざし

  Silent eyes
  沈黙のまなざし
  Watching
  エルサレムを
  Jerusalem
  見守るそのまなざしが
  Make her bed of stones
  岩の床を造る

Silent eyesは「もの言わぬ目」という訳になっていますが、musiker迷訳で
は「沈黙のまなざし」としました。これはまぎれもなく「神の目」です。

また、エルサレムという地名がなぜ突然出てくるのか?それはポール・サイモ
ンがユダヤ人だからです。ポール・サイモンの魂のよりどころがここに垣間見
られるのです。

ポールは、こう語ります。
 「僕は時にはアメリカ人、時にはユダヤ人。でもおおむねユダヤ人なのさ。」

  Silent eyes
  沈黙のまなざし
  No one will comfort her
  彼女(エルサレム)を癒せるものは誰もいない
  Jerusalem
  エルサレムは
  Weeps alone
  一人で泣いている
  
歌ではエルサレムを女性にたとえ、その苦悩をほのめかします。具体的な表現
はありませんが、誰も癒すことはできない、一人泣く、などの言葉で、どれだ
けエルサレムが悲劇に満ちているかを謡います。聞き手にはじわりじわりと効
きいてきます。

  She is sorrow
  彼女は哀しみ
  Sorrow
  哀しみそのもの
  She burns like a flame
  彼女は炎のように燃え
  And she calls my name
  そして僕の名を呼ぶ

哀しみそのもののエルサレムは燃えさかり、そして自分の名前を呼ぶ。それは
哀しみの悲鳴なのか、それとも「エルサレムを忘れるな」というメッセージな
のでしょうか。

ここから女性コーラスによるハーモニーが入ってきます。妙に哀しげなコーラ
スですがコード進行はマイナーではなくメジャーに変わります。このコントラ
ストは実に効果的です。女性の声はあたかもエルサレムが主人公を静かに呼ぶ
声のようです。主人公は遠い旅に出るのです。聖地エルサレムへと。

  Silent eyes
  沈黙のまなざしは
  Burning
  燃えている
  In the desert sun
  砂漠の太陽のもと
  Halfway to Jerusalem
  エルサレムまでの道のりの中間
  And we shall all be called as witnesses
  われわれ全員は目撃者として呼ばれ
  Each and every one
  一人一人
  To stand before the eyes of god
  神の前に立ち
  And speak what was done
  この世で起きた事を述べるのだ
  
熱い熱い砂漠。太陽がぎらぎらとする光景が目に浮かびます。
エルサレムまでの道のりのちょうど中間地点とは、人生の折り返し地点を意味
するのでしょうか。やがてかの聖地で人間は神の前でありのままを語ることに
なる。「最後の審判」の場面をイメージさせます。

歌の最後でのポールの叫び。これほど長いフレーズを一気に歌い上げるポール
の歌を聴くなんてめったにありません。これはまさに絶叫です。

歌が終わり、ピアノの間奏の後、コーラスによる長い演奏が続きます。ここの
ハーモニーは再び長調。でも黄色い砂漠のシーンが頭に浮かんできませんか。
終結ではコードが変化しながら最後は歌の基調の短調となり、深いピアノのエ
ンディングで歌は幕を閉じるのです、、、。

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アルバム「時の流れに」の作品の多くはポール・サイモンの人生の映像そのも
ののように思えます。少年時代の回想、そして妻ペギーとの最後の2年間。彼
自身は特に意識していたわけではないけれど、現実の人生においてよりも、歌
の世界でより素直な気持ちを表現できた、と語ります。

しかし私たちはこのアルバムに収録された10曲を、ポールの人生というだけで
なく、恐らく自分の人生と重ね合わせて聞いているでしょう。サウンド面では
充実したスタッフを加え、さらに周到なポールの音作りに誰もがシビレさせら
れます。

何よりも控えめの中に力強さを感じるポールのヴォーカルは、それまでのアル
バムとは全く違う見事なものです。さらに私たちがこれだけ心奪われるのは、
ポールの歌の根底に人間の哀しみ、優しさ、そして愛情を感じるから。私はそ
う信じています。

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【あとがき】

アルバム「時の流れに」について語り終えた今、メールマガジン「Song, Paul
Simon/ソング、ポール・サイモン」の一つの山を越えた気持ちです。ちょう
ど今日の歌「もの言わぬ目」にHalfway to 〜という言葉が出てきたのが印象
的です。このメルマガはまだ中間地点ではありませんが、今号でひとつの区切
りとなります。

なぜなら以後、ポールの音楽の世界はS&G時代のイメージからはかけ離れた
ものになっていきます。おそらく「時の流れに」を境にポールの音楽に別れを
告げたかつてのファンたちも少なくないはずです。ソロ活動以後の彼の音楽か
ら薄々感じてはいました。「どこか違う、、」と。

アルバム「ワン・トリック・ポニー」はそうした予感を決定的にします。この
アルバムを聞き、戸惑い、困惑し、そして失望する人もいるかもしれません。
特にサイモン&ガーファンクル時代のサウンドに強い郷愁を感じている人はそ
ういう感覚が強いでしょう。アコースティック・ギターでメロディアスな歌を
歌うポール・サイモンと、バンドをバックにエレクトリック・ギターでロック
を歌うポールは別人のような印象です。

でも安心してください。別人でも何でもありません。よく聞けばポールはやは
りポールでした。彼の次のアルバム、皆さんと一緒に聞いていきましょう。

ところで、アルバム「時の流れに」から「ワン・トリック・ポニー」までは実
に5年のブランクがあります。いきなり次のアルバムへ続くのもなんですので、
数号はアルバムの話題とは違うテーマで少し道草をしたいと思います。

ではVol-33までごきげんよう!


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