シューベルト ピアノ五重奏曲 鱒
★ウィーンでの「魚、さかな、さかな〜」
オーストリアはヨーロッパの中でもかなり内陸に位置し、しかも首都ウィーンは国の東端にあります。海とは無縁の土地。海の魚介類は当然輸入に頼るしかなく食材としては高価になってしまいます。
ベートーヴェンは魚介類が好物だったらしいです。さぞかし彼のウィーンでの生活は不自由なものだったでしょう。1800年頃ウィーンで魚料理といえば高級料理でしょうから。
前に知り合いのホルン奏者F氏の自宅に食事に招かれた時のお話です。ウィーンですから当然肉料理が出てくるものと思っていたところ魚が出てきました。「ウィーンで魚なんて珍しいな。」とは思ったものの、まさかその感想を口にするわけにもいかないので、食事の間ごく普通に歓談していました(気の利いた会話の出来る方なら、魚を話題に楽しい会話をすすめるのでしょうが、、、)。
食事もクライマックスにさしかかったあたり、ご夫人からおかわりのオススメがあったのです。魚がまだあるからもう一匹いかが?というわけです。しかし私はその勧めに対し、即座に「Nein, danke(いえ、ご遠慮します)」とあっさりと答えました。その一瞬ご夫人の顔が曇ったことを、今でも忘れません。
私は単におなかがいっぱいだったのと、日本人特有の奥ゆかしさで返答したわけですが、彼女には少しショックだったようです。その理由がその時はわからなかったけれど、少し後になってわかりました。
ウィーンではふだん肉が中心であまり魚を食べない。各家庭の好みの問題もあるでしょうが、魚はどちらかとえば少し高価な食材だからです。
その日の昼食の料理が魚料理であるということには特別の意味がありました。F氏ファミリーは客人である私を心からもてなしてくれている、ということだったんですね。その暖かい思いをもっと敏感に察知し、言葉で感謝の気持ちをおおげさな程ストレートに伝えるべきだった、、と悔やみます。
食とのつきあいはあまりに日常的なので、深く考える機会はそう多くはありません。誰もがお母さん、奥様、あるいは自分で作る料理を、空気を吸うように当たり前のように受け入れているでしょう。でも、いったん別の環境で、別の土地の人と食事を共にすれば、ささいなことかもしれませんが、新しい発見もあり、楽しいものです。
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★歌曲『鱒』の4番目の歌詞
ドイツやオーストリアで魚料理といえば、必ず話題に出てくるのが鱒。そして鱒といえばシューベルトの歌曲『鱒』です(こじつけみたい?)。
この歌曲は作詩がシューバルト。誤植ではありません、Schubartと綴り、シューベルトとわずか一文字スペルが違うだけで実に紛らわしいです。とても有名な曲ですので、いまさらここで語る必要もないと思いますが、詩にまつわるおもしろいエピソードを発見しました。
シューバルトの詩はもともと4節まであります。1節では川を元気良く泳ぐ鱒の光景の描写。2節では鱒をとらえようとすきを伺う漁師。川の水が澄んでいるうちは、鱒を捕らえることができないだろうと予想している作者の視線。そして3節では、漁師の唐突な行為(水を澱ませた)で不本意にもとらわれた哀れな鱒。シューベルトはここまでの詩で歌曲として完成させます。歌としてはこれでよいのかもしれません。川をすいすいと泳ぐ鱒の流々とした光景から自然の素晴らしさを感じられますし、漁師と鱒との我慢比べは微笑ましく、また捕らえられた鱒があわれでもあります。なにより水の美しさがポイントになっているのがイマジネーションをかき立てます。
ところが4節で詩人シューバルトは、この鱒を少女たちに、漁師の行為を誘惑者に例えて、警告を発しているのです。危険を察知したら即逃げよ。誘惑に乗ってしまい(あるいはだまされて)ひどい目にあってからでは遅いのだよ、と。こういう教訓めいた詩だからシューベルトはあえて歌曲から割愛したのか、単に長さの関係だったかはわかりませんが、興味深いですね。
歌曲「鱒」は微笑ましく覚えやすいメロディと、川を行く鱒の描写の美しい詩が好まれ、日本ではもちろん世界中で愛されていいます。特にオーストリアの人たちの前で私たち日本人がこれを歌うと、彼らの喜びようと言ったらありません。まるで昔からの親しい友人に再会した時にような接し方をしてくれます。「歌は人の共通言語」であることが実証(少し大げさ?)されるいい例です。
それにしても歌曲では割愛されたオリジナルの4節の詩の存在を知ると、この歌曲に対する印象も少し変わってきました。
===シューベルト作曲 歌曲『鱒』の詩については以下のサイトで詳しく記載されています。どうぞご覧下さい。「快活な鱒」http://homepage2.nifty.com/chor/masu.html
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★コントラバスが入ったピアノ五重奏曲
ピアノ五重奏曲というと、普通は弦楽四重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロという編成)とピアノの組み合わせになるのですが、シューベルトはなぜかこの作品ではヴァイオリンを1本にして、ベースを加えたのです。
弦楽四重奏にピアノが加わるだけで音色はかなり充実するのに、そこに弦楽器の親玉のような存在感たっぷりのコントラバスを持ってくるところにシューベルトのこだわりが感じられます。確かに、常に低音を支えるベースの音色が曲全体をどこか、がっしりとしたたくましいものにしています。
まあ、こんな分析的なことはさておいて、曲を聞いてみて下さい。
【第一楽章】ジャン!と全楽器で鳴る冒頭の音色の美しさと力強さ。その後静かに静かに、ピアノの伴奏にのって弦楽器の奏でる前奏。ここまで聞いただけでその後展開される音楽への期待感が次第に高まります。にくい演出です。
川をボートですいすいと漕いでいるような気持ちのよく爽やかな曲想に心が踊っています。ヴァイオリンがリードするメロディに続きそれぞれが演ずるソロも素晴らしいですが、いろいろな組み合わせによるデュエットが格別です。音の会話とはこのこと!
中盤ではとても静かな曲想になります。この緊張感がたまりません。そして、ここまで縁の下の力持ちだったコントラバスが力強く主役を演じます。「まってました!」と叫びたくなる。
それぞれの楽器がそれぞれの色合いを魅せてくれる第一楽章は本当にすごい!
【第二楽章】ひかえめなピアノ伴奏にのったヴィオラのメロディの美しさ。チェロの併奏もいい。ゆっくりとした楽章ですがそのテンポとは裏腹に非常にダイナミックに聞こえるのが不思議です。伴奏的役割の小刻みな弦楽器のフレーズのせいかもしれません。
【第三楽章】元気がよく本当に快活な曲想です。五人の奏者たちがきびきびと演奏している光景が目に浮かぶようです。「タタタ、タ」という共通のフレーズに渾身の力こめた音色。その音色が絡み合い、耳にストレートに飛び込んでくるようです。特にピアノの活躍がすごい。
【第四楽章】さて歌曲『鱒』のメロディの登場です。歌のメロディをもとに、私がかつて誌上でしつこく語った「変奏曲」になっています。そうです。この楽章を聞けば頭で考えるよりも「変奏曲」がどういうものなのかがイメージできますね。
まるでリレーのようにソロがそれぞれの楽器へと手渡され、他の楽器は伴奏に回る展開が楽しめます。
テーマ ヴァイオリン第一変奏 ピアノ第二変奏 ヴィオラとチェロのデュエット。ヴァイオリンのオブリガートも素晴らしい第三楽章 コントラバスとチェロのソロ。ピアノのバックがかっこいい。第四変奏 ベートーヴェンか?と思えるダイナミックな曲想。全楽器でソロを奏でているようなもの。後半に哀愁帯びた曲調に変わるのに注目。次の変奏曲へのプロローグか?第五変奏 少しメロディがメランコリックに転じます。主役はヴィオラとチェロですから、その音色に実にマッチしていますね。第六変奏 再びもとのメロディに戻り、楽しげな雰囲気に。それぞれが主役を演じ、曲は静かに終わります。
【第五楽章】コミカルで楽しいメロディが印象的です。このメロディでしばらく進み、突然ダイナミックな展開をした後は、チェロが主導でこれまでの楽章とは少し違う雰囲気になってきます。体の底から熱が沸いてくるといいますか、聞いていていてもたってもいられない気持ちに。フィナーレを飾るのにふさわしい力強い炎のような楽章です。
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どちらかといえば歌曲作曲家としての顔ばかり前面に出てくるシューベルトですが、彼の室内楽曲の素晴らしさはシューベルト愛好家だけでなく一般のクラシックファンにもよく知られているでしょう。とりわけこの「ピアノ五重奏曲」は格別ですね。
この作品は、シューベルトが友人と共に旅行したオーストリア北西部のシュタイルという町で世話になったパウムガルトナーという鉱山関係の役人からの依頼により書かれました。パウムガルトナーはチェロが達者でシューベルトは作曲にあたりチェロパートを特に神経を配ったといわれます。完成後楽譜を見たパウムガルトナーはチェロパートの充実ぶりに満足したそうです。また、変奏曲を楽章に入れる提案をしたのも彼だそうです。歌曲『鱒』の主題を使った理由は定かではありませんが、鱒が遊泳するシュタイルという町との相関関係があるのかもしれません。(この部分Classic エッセンス100・東芝EMI・シューベルトピアノ五重奏曲『鱒』に添付された門馬直美氏執筆の解説を参考にしています)
どの楽章も聞き応えたっぷりですが、特に第一楽章がすごいです。四楽章の変奏は楽しく、ダイナミックな第五楽章もいいなぁ。いえ、全楽章聞いてもきっと40分弱の演奏時間が長く感じられません。まだ聞いたことのない方はぜひ一度どうぞ。きっと気に入りますよ。
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★私の聞いたCD
CE25-5680東芝EMI
シューベルト ピアノ五重奏曲『鱒』
エリザベート・レオンスカヤ(ピアノ)
アルバン・ベルク四重奏団
ギュンター・ビヒラー(ヴァイオリン)
トマス・カクシュカ(ヴィオラ)
ヴァレンティン・エルベン(チェロ)
ゲオルク・ヘルトナーゲル(コントラバス)
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