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ポール・サイモン アルバム「You're The One」

「大人のための、そして大人になりたい、大人でありたい」すべての人に勧めたいCDが、もうすぐ61歳になるポール・サイモンのアルバム「You're The One(ユー・アー・ザ・ワン)」だ。
彼がサイモン&ガーファンクルのデュオ解消後ソロ・シンガーとしての活動30年目に発表した渾身の作品群。その輝きはまばゆい光ではないが、白くしっかりと私たちの心に染みてくる。

ポール・サイモンは世界で1,400万枚売れた「グレイスランド」(1986年)で今度はソロ歌手としても不動の地位を得た。サウンドはアフリカの民族音楽色を採り入れ作られ、S&G時代だけでなくそれまでの彼の作風を全く違う方向へ走っていった。貪欲に常に新しいサウンド作りに熱中する彼の音楽家としての姿勢は共感を得、かつてのファン以外の人々の支持をも着実に増やしていった。 楽曲の素晴らしさはもちろんだが、彼の作る歌の根底に漂う「人間味」が心を奪うのだ。
彼の音楽はその後もエスニックなリズムを伴う傾向を続けることになる。

しかし「You're The One(ユー・ア・ザ・ワン)」では、彼のダイナミックでリズムに溢れるサウンドは控えめになった。リズム感は相変わらずあるが、パーカッションの音が前面に出てこない。おちつきがあり、じっくりと聞くにふさわしい、大人の音楽である(60歳のアーチストをつかまえて「大人」という表現もないか?)。

アルバムは第1曲目「That't Where I Belong(そこが僕が帰る場所)」から聞き手を独特の世界へと導く。不思議な音色はBamboo Flute、ああ、尺八みたいなものか。なんとなく懐かしい音だなと思った。「ラヴェンダーとバラが咲き誇り」という歌詞が出てくる。古典的表現だがいいなぁ。

第2曲目「Darling Lorraine(愛しのロレイン)」は悲しい歌だ。夫婦のドラマである。出会い、生活での葛藤、病室、別れ。どんな夫婦も長い人生では幸福と不幸の繰り返しの中生きている。より所は心の結びつき。それを静かにかみ締めさせてくれる歌だ。クリスマスのシーン、そして病室での描写が泣けてくる、、。

ここまで二曲だけでも充分このアルバムを聞くはあるが、以下、「Old(オールド)」、少しサンバを思わせるコードストロークが調子がよく気持ちがいい。ロシアのロケット、戦争、タバコを吸った時、など回想を交えながら、すべては古くなっていくと歌っている。タイトル曲の
「You're the One(ユー・アー・ザ・ワン)」。少しアラビア的雰囲気のメロディが混じる。「君こそがその人」といえる人を誰も人生でぜひ得たいものだ。派手ではないがいい歌だ。
「Teacher(ティーチャー)」、インディー・ジョーンズが洞窟へ冒険するバックグラウンドに使われそうな音楽。哀愁帯びたメロディがしみてくる。
一転して明るい雰囲気になる「Look at That(よく見てごらん)」、あれこれと観察している。けれど、自分でやってみなければ何事もわからないはず、と。すぐれたコンサルタント的歌、元気になる。
南国の香りがする「Senorita with a Necklace of Tears(涙を束ねたネックレス=涙のネックレスをつけた男)」。涙が象徴する人生の深さ。明るい曲想だけにしみじみ度が増す。
「Love(ラヴ)」、愛を歌っているが、男女の愛ではなく、おおいなる人間の愛、あるいは大地?地球の愛。ラーヴと四小節も続く長いフレーズが印象的。
「Pigs, Sheep and Wolves(豚と羊と狼と)」、奇妙なタイトルだが、強烈な風刺が詩に込められている。この歌いぶり、少しラリッているように聞こえる。酒でも飲んで酔っぱらいながら録音したのだろうか?酔っぱらいぶりが笑える。いい味だ。
「Hurricane Eye(ハリケーン・アイ)」、民族色あふれるサウンドが気持ちいい。台風の目のようにおだやか、なんて粋な表現だ。バンジョーがいい。
終曲「Quit(静けさの彼方に)」は第一曲の「That't Where I Belong」と対をなす作品だ。曲想もだが音楽も。まるでこれがポール・サイモンの白鳥の歌のように聞こえてしまう。静かに静かにアルバムは終わる。

支離滅裂で物騒ぎな世の中。今大切なのは心だ。ポール・サイモンのアルバムはきっと自らの心をもう一度深く考える時のよき友になってくれるだろう。
(※この文は、recosell.comに掲載した推薦文と同一です。)

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