musiker21.com since Feb 2002 updated on 10 NOV


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

      SONG, PAUL SIMON/ソング・ポール・サイモン

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Vol.2  2002年11月9日

            「ダンカンの歌」 Duncan

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アコースティックギターの力強いアルペジオの前奏。1970年代ギターに狂っ
ていた私たちの心をたちまち奪うその音色。始まるのは「ボクサー」の時の
ような語り歌。マイナーコードが哀愁を呼び起こす。歌はこんな風に始まり
ます。

  Couple in the next room
  隣の部屋のカップルめ
  Bound to win a prize
  賞でも取ろうという訳か
  They're been going at it all night long
  一晩中続けるつもりだろうか
  Well, I'm trying to get some sleep
  ああ、僕は少し眠りたいんだけれど
  But these motel walls are cheap
  モーテルの壁は貧弱に薄くてだめそうだ
  Lincoln Duncan is my name
  リンカーン・ダンカンが僕の名前
  And here's my song, here's my song.
  これから僕の歌を歌おう
  
カップルが「賞でもと、、」とあいまいな表現をしたけれどお察しください。
眠りたい主人公が眠れないんです。退屈しのぎに始めた語りのテーマもやはり
その事に関連します。わざわざ自分の名前を語るのもおもしろい。ずいぶん礼
儀正しい人です。ここからポールお得意の身の上話になります。

  My father was a fisherman
  親父は漁師で
  My mama was the fisherman's friend
  ママはその漁師のガールフレンド
  And I was born in the boredom
  僕は退屈ししのぎの末生まれてきた
  And the chowder
  チャウダー(寄せ鍋)みたいにね
  So when I reached my prime
  だから大人になったら
  I left my home in the Maritimes
  マリタイムの家を出た
  Headed down the turnpike for
  高速道路を上って
  New England, sweet New England
  ニュー・イングランドに向かった、夢のニュー・イングランドへ

親の退屈しのぎの結果生まれてきたんだと、思う子供の可哀想な境遇。チャウ
ダーという料理はご存じの通り「クラムチャウダー」で知っているけれど、そ
うか日本語では「寄せ鍋」になんですね。一人の人間としてのアイデンティテ
ィのないごちゃ混ぜ状態。我慢できなくて家を飛び出すわけです。

ここでとても哀愁帯びた民族的な間奏が入ります。どこかで聞いたことのある
音色でしょう。そう「コンドルは飛んでいく」でバックを務めたロス・インカ
スによる演奏です。この音楽は本当に印象的で、おそらく聞いた後もずっと耳
に残ります。単純なメロディですし、短い。でも、心動かす音楽に長さは必要
ありません。笛はケーナという名の楽器だそうです。哀しげないい味を出して
います。

  僕の自信にある隙間
  ジーンズの膝の穴
  ポケットには1ペニーさえもなかった
  極めつけの貧困
  路頭に迷う子供みたいで惨めだった
  せめて指輪でもはめていれば
  質屋に入れられたのに

家を出たのはいいけれど、貧乏にあえぎ苦しむ。親の元にいた頃は自分の可能
性を確信し自信にあふれていたものの、いざ一人になると食べるのさえもまま
ならない状態。どうしたらいいのかわからない状態に陥っています。誰もが
若い頃は親の束縛から離れたい気持ちになるものですが、離れてみてそのあり
がたさがわかる。人間は誰も同じ道をたどるようです。

お金もなく、生きるための目的も失っている主人公は、偶然ある少女に出会い
ます。

  A young girl in a parking lot
  駐車場で、一人の女の子が
  Was preaching to a crowd
  人々に向かい伝導していた
  Singing sacred songs and reading
  聖歌を歌い
  From the bible
  聖書の言葉を読み
  Well, I told her I was lost
  「どうしたらいいかわからないんだ」と話しかけると
  And she told me all about the Pentecost
  彼女はペンタコストのことを話してくれた
  And I seen that girl as the road
  彼女が道に見えた
  To my survival
  僕が生き続けるための
  
最後の"survival"の部分をポールが強調して歌うのが印象的です。そう、路頭
に迷った主人公はこの女の子によって心救われるわけです。この歌の主題はこ
こにあるのではないでしょうか。

  Just later on the very same night
  その夜遅く
  When I crept to her tent with a flashlight
  僕は懐中電灯を片手に彼女のテントに忍び込み
  And my long years of innocence ended
  僕の長い童貞時代は終わる
  Well, she took me to the woods
  彼女は僕を森へ誘い
  Saying here comes something and it feels so good
  「何かが来る、安らぎを与えてくれる何かが」とつぶやく
  And just like a dog I was befriended, I was befriended.
  まるで犬みたいだけれど、僕は彼女の味方になった

自分の人生に光を与えてくれた少女との始めての経験。それは肉体的な関係だ
けでなく精神の結びつきをも意味します。彼は自分の心を助けてくれた彼女を
彼自身も支えようと思いました。「犬みたいに」という表現は決して卑下して
いるわけではない、「男の照れ」のような気がしますが、皆さんはいかがです
か?

語りはここで終わり、最後の部分は回想です。彼女との日々を懐かしく、そし
て喜ばしげに語っています。彼はポール・サイモンのようにギターをまるで人
生のように弾くのです。

  おおなんて夜だ
  おお、何という喜びの庭
  今でもその美しい想い出は心の奥に残っている
  I was playing my guitar
  僕はギターを弾き
  Lying underneath the stars
  星空の下に横になっていた
  Just thanking the Lord
  素直に神に感謝したのは
  For my fingers,
  この僕の指を授けてくれたこと
  For my fingers
  僕の指に
  
(「ダンカンの歌」"Duncan" Music and lyric by Paul Simon)

−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

ギターのアルペジオが曲全体を包み、そのアコースティックな雰囲気が心地よ
いけれど、それはアコースティックギターだけでなく、ロス・インカスが奏で
る弦楽器の音色が静かにそして強烈に根底に流れているために、不思議なムー
ドが漂うのです。

ケーナという笛に似た楽器の音色がいい。メロディが哀愁帯びて泣かせる。こ
の間奏とフェードアウトする後奏だけを聞くためにこの歌をかけることも少な
くありません。

この歌、ポールが詩と曲をあらかじめ用意して録音に望んだとばかり思ってい
ましたが、どうも、曲だけ先行したらしいです。伴奏部分はまずフランスにお
いてロス・インカスと共に録音し(いわゆるカラオケ録音)、サイモンはその
録音に合わせた詩を一週間で書き上げました。そんなバックグラウンドは全く
想像もできないほど歌詞とメロディ、そして伴奏がフィットしていると思いま
せんか?

ポール自身が語っていますがこの歌のメインテーマは少年の性体験です。詩が
直接的でなくそれをほのめかす箇所も一瞬の言葉だけでわかりにくいのですが。

伝道師の少女、喜びの庭で彼女がつぶやく(叫ぶ?)言葉。これは肉体的な快
楽ともとれるし、精神の喜びともうけとれます。精神と肉体との結びつき。そ
して喜び。喜びの庭=エデンの園なのでしょうか。

−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・
★南米の小型ギター「チャランゴ」の隠れた活躍と、ケーナの魅力

「ボクサー」と同じような語り歌調のこの作品。ポール・サイモンが詩も曲も
すべて完成した上で録音に望んだと思っていましたが、歌詞は後で、むしろロ
ス・インカスとポールとセッションが先行した作品だったとは驚きです。

そしてギターが主役とばかり思いこんでいたけれど、この歌をイヤフォンや、
ヘッドフォンで注意深く聞くと新しい発見がありました。

それは、アコースティックギターをささえている弦楽器の存在。通常のギター
と違う音色に気が付きました。それはチャランゴという民族楽器。南米の民族
楽器として広く使われている小型ギターで、哀愁を帯びた音色が特徴の楽器で
す。ポールのアコースティックギターの音色と控えめに混ざりこのチャランゴ
はアルペジオを奏でています。目立たないけれど、存在感は大きいですね。

先にも書きましたが、ケーナの音も素晴らしい。形だけを見ると日本の尺八に
似ていますね。吹いてみたくなる音です。あの音色は病みつきになりそう。そ
の病みつきになりそうな哀愁帯びた間奏部分では、ポールのギターはそれまで
のアルペジオから、コードストロークになります。ここに私は注目しています。
「別に曲の流れでストロークにしたんだろう?」という意見もあるでしょうが、
私はケーナの音を引き立てるため、あるいはケーナの音があまりにいいので、
衝動的にアルペジオを忘れてストロークしてしまったと、にらんでいるけれど
皆さんはいかがでしょう?

「ダンカンの歌」はS&G時代とソロ以後、ポール・サイモンの歌の中でどの
歌とも似ていない独特の色合いのあります。ご無沙汰でしたらあらためて何度
か聞いてみて下さい。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【あとがき】

ケーナやチャランゴに興味を覚えネット検索をしていたら、世界の民族楽器を
扱うお店に出くわしました。チャランゴは45,000円、ケーナは7,800円から
ということ。なんだか欲しくなりました。↓がURLです。
http://www.tu-shop.com/shop/shop14.html

前号でポール・サイモンの発表したアルバムが合計8枚と書きましたが9枚の
間違いでした。なぜ計算を間違えたか?どれかアルバムを数え忘れたのでしょ
うね。基本情報を創刊号から間違えるとは前途多難か?

では次号Vol-3にてお目にかかりましょう!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

E-mail Magazine 「Song, Paul Simon/ソング・ポール・サイモン」
ご感想やご意見等はこちら
musiker@musiker21.com
URL: http://www.musiker21.com
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「Song, Paul Simon/ソング・ポール・サイモン」はまぐまぐを利用して発行
しています。ご購読お申し込み・解除は↓こちらからどうぞ
◇まぐまぐ◇ http://www.mag2.com/m/0000098355.htm


Song, Paul Simon/ソング・ポール・サイモン (マガジンID:0000098355)

メールマガジン登録

メールアドレス:
メールマガジン解除
メールアドレス:

Powered by まぐまぐ

ホーム | クラシック音楽夜話 | サイモン&ガーファンクル | ベートーヴェン音楽夜話 | プロフィール