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「地下鉄の壁の詩」 A Poem On The Underground Wall
地下通路を歩く足音を想像させる、ギターの単音によるリズム、そしてスピードのあるアルペジオと二人のハミングという前奏。独特の雰囲気のある、いや、少し変わった歌だな、というのが第一印象です。

The last train is nearly due
最後の列車がもうすぐ到着する
The underground is closing soon
地下鉄は終電を迎える
And in the dark deserted station
砂漠のような駅の暗闇に
Restless in anticipation
胸をふくらませそわそわする
A man waits in the shadow
一人の男が影の中で待つ

なにやら怪しげな男が登場。何者なのか、歌の終盤までわかりません。

His restless eyes leap and scratch
彼の落ち着きのない目は敏感に察知する
At all they can toutch or catch
触れるもの、捕らえるものすべてを
Hidden deep within his pocket
ポケットの奥底
Safe within his silent socket
穏やかな眼球の奥、安全な場所に
He holds a colored crayon
クレヨンを彼は隠し持っている

クレヨンで何をするのでしょうか?

メロディは、コード進行にあわせたたった5つの音で構成されています。単純ですぐに覚えられる歌。というより、語りに近いものか。

やがて地下鉄が到着し、人々がドアから流れてくる。しかし彼は人波を避けるように再び闇に身を隠します。

Deeper in the shadows
影の中にさらに深く

何かを企てようとしているからか、それとも人と対面することを避けているのでしょうか?

歌のサビの部分、なつかしい機関車の車輪が回る音のように、ギターで刻むリズム。地下鉄の列車が出ていく様子が想像される、うまい演出(伴奏)です。ここで歌ははじめて感情を少しだけむき出しにします。

And he holds his crayon rosary
彼はクレヨンのロザリオを握る
Tighter in his hand
その手にしっかりと

そう、彼は、地下鉄の壁に、クレヨンで殴り書きをするために来ていたのです。

A single worded poem comprised
ひとことの詩
Of four letters
四文字言葉の


なぜこんなことをするのか!誰もが疑問に思うでしょう。
誰も彼の胸の内は知りません。彼自身も知られたいと思ってはいない。でも、何かメッセージを、不特定多数の人に伝えたいという衝動があることは事実でしょう。しかし、地下鉄の壁というきわめて隔離された空間、多くの人が行き交うものの、コミュニケーションのかけらも想像できない舞台の壁に書かれたメッセージ。四文字言葉にどんな思いを込めるのでしょう。

歌の最後のフレーズ

And his heart is laughing
彼の心は笑っている
Screaming, pounding
叫んでいる、高ぶっている
The poem across the tracks rebounding
その詩は線路を交差し響き渡る

彼の勝ち誇った喜びは、あくまで内面だけのもの。男は、再び夜の闇に消えていきます(ポール・サイモンはこのシーンを歌いたかった、たぶん)。

ポール・サイモンがこの奇妙な歌を書いた理由が興味深いです。書籍によると「地下鉄の壁の詩」は、「とても変わった人」「アイ・アム・ア・ロック」と根底に流れる考えの点で通じるものがあるとされています。確かに、いずれも社交的関係を避けてしまう、孤独な人物を歌っています。「サウンド・オブ・サイレンス」のテーマ「疎外感」とも共通します。

しかし、単刀直入に言うと、人の目を盗み公共物に落書きをして、喜んでいる男の歌。その男を詩人扱いにしてしまうポール・サイモンもすごいものです。

やたらとshadowという単語が出てくること、指がつりそうなアルペジオ、そして、歌の終わりで、ゆっくりとなる部分のハーモニー、再び足音が聞こえ遠ざかる演出。渋いけれど、カッコイイ歌です。

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