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SONG, PAUL SIMON/ソング・ポール・サイモン
Vol.43 2003年12月24日(水)
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ノー・バディ Nobody
アルバム「ワン・トリック・ポニー」第7曲
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威勢がよくカッコイイ「エース・イン・ザ・ホール」に続くこの曲はスローで、
シンプル、そして心に染みる、最高のバラードです。
映画では主人公ジョナが離婚しようとしている妻との間に生まれた息子と一緒
に公園で野球をするシーンの後、帰宅時に流れます。アパートの前で、妻に息
子を預け、一人去るジョナ。その後、離婚の署名のため二人は裁判所へ向かい
ます。それぞれが身支度する光景とバスや電車、街角での表情が妙に寂しい。
二人は結婚する前の燃えるような時期にはこの歌と同じ気持だったはずなのに。
Nobody 誰でもなく…
Who knows my secret broken bone
誰も知らない僕の折れた骨を知る人
Who feels my flesh when I am gone
死んだ僕の肉体を忘れずにいてくれる人
Who was a witness to the dream
僕の夢の証人
Who kissed my eyes and saw the scream
瞼にキスしてくれた人
取り乱す哀れな僕を知る人は
Lying there
誰でもない
Nobody
歌は淡々と続きます。
特別な装飾もなく、ただ静かにポールの歌声、そしてバックの伴奏。
歌もメロディというより、ポールが語っているようですし、なによりも主役は
詩の内容。Nobodyと何度も繰り返す、その意味は何だろう?と聞き手は探り
始めるでしょう。
自分が死んでしまった後、本当の自分を思いだしてくれる人を主人公は思って
いるようです。1コーラスだけを聞けば彼は「誰もいない」と感じているよう
にも察するのですが……。
Who is my reason to begin
誰のために生まれてきたのだろう?
Who plows the earth, who breaks the skin
土を耕し育て(できた穀物の)袋を殻を破った
Who took my two hands and made them four
この両手と合わせて四本にしてくれた
Who is my heart, who is my door
僕の心、そして扉
Nobody
誰でもない
でも、第二コーラスでそうした寂しい感が解かれます。両手を合わせて四本の
腕。つまり誰かが存在すると。きわめつけが次のフレーズ。
Nobody but you, girl
君のことだよ
Nobody but you
他の誰でもない
Nobody in this whole wide world
こんなに広い世界なのに
Nobody
他に誰もいない
そう、彼は自分のかけがえのないパートナーのことを歌っていたのです。
人の前では強がり、弱さを見せなかったけれど、本当の心の叫びや惨めで寂し
い心を持っている自分を知る人は唯一人だけ「君」だと。他に誰もいない。
Who makes the bed that can't be made
安らぎの場をくれたのは誰?
Who is my mirror, who is my blade
僕の分身、そして翼
When I am rising like a flood
洪水のようなパニックにさらされたとき
Who feels the pounding in my blood
血が沸き立つこの心を感じてくれる人
Nobody
誰でもない
Nobody but you
君しかいない
Nobody but you, girl
君以外の誰でも
Nobody in this whole wide world
世界でたった一人だけの君
Nobody, girl
Nobody
自分の分身とまでいう気持ちになれるほどのパートナーとの関係をどれほどの
カップルが持ち得るでしょうか。心を分かち合えるまでの深い関係は必ずしも
時間で培われるものではなく、心と心の結びつきのみがすべて。
でも、哀しいことに、その輝かしい心と心の結びつきも、時がたちさまざまな
出来事の積み重ねで壊れていく。哀しい現実を、歌が、そして映画が私たちに
容赦なく見せます。
映画を見ると、ポール演ずるジョナと妻は決して愛が終わっているわけではな
さそうです。一人息子の存在がとってもいじらしいし、涙を誘います。なのに、
二人は離婚という道を選ぶ。それは音楽に生きるジョナの生き様と妻の人生の
根本的な考えのギャップによるもの。他人が思う以上に、二人の壁は厚いので
しょう。
自分の求めるもの、生き甲斐とする絶対に譲れないものがある。男であっても
女であっても、人間はその譲れないもののため、愛する人や家族さえも捨てる
ことだってある。他人から見れば馬鹿な行動かもしれないけれど、そうせざる
を得ない彼らの心の底、そして哀しみは彼らにしかわからないのでしょう。
この歌「Nobody」はどちらかというと地味な部類でしょう。サウンドとして
も派手さはありません。しかし、ポールのつぶやきのようなヴォーカルが心に
染みますし、何よりも詩のパワーを強く感じます。濃い作品ばかりの本アルバ
ム中独特の存在感がある不思議な歌ではないでしょうか。
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