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ミセス・ロビンソン Mrs.Robinson

この作品は不思議な存在で、もとはといえばポール・サイモンが映画音楽用に書いた作品なのに、彼らがコンサートで必ず第一曲目の歌う、いわばサイモン&ガーファンクルのトレードマークのような歌。そしてまぎれもなく代表作のひとつでもあります。

代表作をまとめたベスト版のアルバムには必ず収録され、もちろんあの伝説的復活コンサート(1981年)でも第一曲目として二人は歌いました。

私が最初この歌を聞いた時はまだ小学生高学年だったこともあり、映画はもちろん観ていないし、後にアルバム「ブックエンド」を買った際、聞いたものの、この歌のよさはあまり感じられませんでした。
でも、高校生、そして大学生となるにつけ、俄然関心がわいて、この歌のギター奏法やハーモニーがやけに気になり、相棒と共に練習して大学時代四年間のレパートリーとして加えます。以来「ミセス・ロビンソン」はサイモン&ガーファンクルの歌の中でバイブル的な位置づけとなります。
肝心の映画は、といえば、全く観るチャンスはなく、実は去年メールマガジンall simon and garfunkelでこの作品を取りあげるまでみたことはなかったのです。サイモン&ガーファンクルのファンとしては許し難い化石的存在ですよね。すみません。でも、その時にやっとDVDで観たんです。

やはりこの作品と映画は切っても切れない縁があります。ということで、少し映画について語りましょう。

映画は1967年(昭和42年)に公開されました。
  出演:ダスティ・ホフマン(ベンジャミン役)
     アン・バンクロフト(ロビンソン夫人)
     キャサリン・ロス(エレイン役)
  監督:マイク・ニコルズ
  音楽:ポール・サイモン
 
◆映画「卒業」はどんな映画だろう

 映画をご覧になった方はご存じでしょうが、物語で重要な役割を果たすのが、ロビンソン夫人。主人公のベンジャミン(ダスティ・ホフマン)を誘惑する、女性です。この女性の娘エレインと最終的にはベンジャミンは結ばれるという、思わぬ展開になる、当時としてはかなり衝撃的な内容だったでしょう。
 ストーリーを簡単に語ると、、、、
 大学を卒業した青年ベンジャミンは、故郷へ帰る。家族や親戚、両親の友人たちの期待を背負う重圧の中で、むなしさ、将来への不安をに苦悩する。ふとしたことがきっかけでロビンソン夫人の誘惑に負け空しい情事を繰り返す。そこに「愛」を見いだそうとするけれども、ロビンソン夫人の乾いた感覚に戸惑う。
 やがて、両親の強引なセッティングでデートをすることになったロビンソン夫人の娘エレインと付き合い、最初は冷たくあしらうが、気持は恋に変化していく。ベンジャミンとロビンソン夫人の関係を知ったエレインは彼から離れようとするけれど、彼の情熱を受け入れる。
 エレインとの関係を引き裂こうというロビンソン夫人の策略により、いったんは他の男と結婚する決心を固めるが、結婚式にベンジャミンが現れて、、、、。
 
 この映画は一般的な評価として青春映画バイブルとされています。
 青春映画、すなわち恋愛映画かというと、そうでもありません。私は最近この映画を初めてまともにDVDで全部見ました。そして見た感想は、、、。

 なんだか、とても空しい気持ちになってしまいました。確かにいい映画だと思います。ホフマンの演技もいいし、最後の衝撃的クライマックスも、憎い演出だと思います(このクライマックスを真似した、映画やドラマがその後いくつもあります)。なのに、なぜ空しいのか。

 ベンジャミンは、家族との関係、他人との関係すべてに空虚さを感じています。ロビンソン夫人と彼女の夫との関係も乾いている。ベンジャミンとエレインとの関係も、衝撃的演出で最後は結ばれるので、めでたしめでたし、「愛の勝利だ!」という結末に落ち着きそうです。でも、実はこの二人も、数年後ロビンソン夫妻のように乾いた関係になることを映画の最後で予感させています。

 つまり、この映画は、青春映画の形をとっているけれど、人間の関係、しかも、肉親や夫婦という最も深い関係であっても、「疎外感」があり、その中で我々は生きている、仮面をかぶって、というメッセージ。
 まさに「サウンド・オブ・サイレンス」のテーマと同じです。このテーマは、とても重く、つらいものです。

◆映画音楽としては?

 「卒業」のテーマにまさにサイモンの作る歌はぴったりです。これまで書いて来たように、彼の歌の根本的なテーマは常に人間同士の繋がりにおける空虚さ壁などだからです。映画の監督のニコルズがサイモン&ガーファンクル(ポール・サイモン)の音楽を起用したのは適切だったといえるでしょう。
 ポールはこの映画のため「オーヴァーズ」と「パンキーのジレンマ」(アルバム「ブックエン
ド」収録の傑作)そして、「ミセス・ロビンソン」を映画用に提出しました。しかし前の2曲を監督は却下し、新作は「ミセス・ロビンソン」だけとなりました(監督はサイモン&ガーファンクルの既に発表されている作品「サウンドズ・オブ・サイレンス」「四月に彼女は」「スカボローフェア」「プレジャー・マシン」を採用。主題歌としては「サウンズ・オブ・サイレンス」を起用)
 さらに「ミセス・ロビンソン」には逸話があり、最初ポールがタイトルを「ミセス・ルーズベルト」としてアイデアを絞っていたのを、監督に一喝され、しぶしぶ映画に合わせ内容を書きかえたというのです。だからタイトルを映画にあわせ「ミセス・ロビンソン」としました。しかもこの歌、全部が映画で使われたわけでなく、部分的に、またはポールのギター演奏だけで使用しています。馬鹿にしていると思いませんか?

 さて、監督の判断は正しかったのか?この映画は、爆発的人気となり、映画界では絶賛されます。音楽についても映画の賞では無視されましたが、アルバム「卒業」はヒットチャート第一位となりました。まあ、成功といえるでしょう。
 
 しかし!

 私はこの映画の主題歌として「サウンズ・オブ・サイレンス」は不似合いだと思っています。たぶんそれは、歌が流れる箇所の問題もあるのですが、どうも違和感があるのです。こういう事を書くと、関係者や熱烈なファンからクレームがきそうですが、私の正直な感想です。なぜならポールはこの歌を映画のために書いたのではないからです。それほど「サウンズ・オブ・サイレンス」の歌としてのパワーは強い。映像と競合はできない。相互を生かすどころか、個性を殺してしまっていると思うのです。他の歌も、どこか違和感がある。(映画もサウンドトラックもヒットしたから、これは私のひとりごとに過ぎません、、、。)

 むしろ、ポールが映画のために書いた「ミセス・ロビンソン」の方がずっと、主題歌にふさわしい歌のような気がします。この映画の寂しいテーマには「ミセス・ロビンソン」のようなウィットに富んだ、楽しげで軽快な雰囲気の歌の方が、逆説的で似合っているのではありませんか? 

◆「ミセス・ロビンソン」

 さて映画音楽用の作品として、ポールは相当気合いを入れて曲作りに励んでいたことは前に述べましたが書いた歌は却下され、唯一この「ミセス・ロビンソン」だけが採用されました。これこそ映画「卒業」のために書いた作品で、サイモン&ガーファンクルのコンサートでは必ず第一曲目に歌われる、いわば定番です。
 歯切れがよく力強いギターのイントロと、ベース、控えめなパーカッションでの伴奏は、サウンド的にはまだS&Gのアコースティックな面が残っています。

 私は、この歌を30年以上聞いているし、大学時代に友人とデュエットを組み、しばしば演奏していましたので、歌詞もメロディも、ギターもずっと記憶に残っている歌でもあります。でも、このメールマガジンを始めてからサイモン&ガーファンクルの歌を詳しく調べるようになり、改めて考えたところ、「ミセス・ロビンソン」という歌は、彼らの歌の分岐点に位置するのではないかと思うようになりました。もちろん当時制作中のアルバム「ブックエンド」自体が全体的にそれまでのS&Gの歌と一線を引いているのも事実ですので、その変化の象徴かもしれません。

 それまでの美しい若さのある純粋さを感じるメロディから飛び出し歌が大人の雰囲気に転じている気がするのです。扱うテーマも、愛や若さの悩み的内容から、人生へと変化してきています。
 詩の内容は、映画をご覧になると、よく理解できると思います。

 全4コーラスのうち3コーラスの頭で歌われるおなじみのフレーズでは、
 
 And here's to you,Mrs.Robinson,
 (ねえ、ロビンソンさんの奥様)
 Jesus loves more than you will know
 (想像以上に神は貴方に愛を捧げてくださっているんですよ)
 (Wo wo wo)
 God bless you, please, Mrs.Robinson,
 (神のご加護がありますように、ロビンソン奥様)
 Heavens holds a place for those who pray
 (祈りを捧げる者には、必ず天国での居所をご用意下さいます)
 (Hey hey hey, hey hey hey)
 
 ロビンソン夫人の生き方に対して、僭越ながらご忠告申し上げる第三者の立場で歌っています。
 
 この部分に挟まって、僭越な忠告は、直接的な表現ではなく、次のような抽象的表現で行われます。
 
 We'd like to help you learn
 (あなたご自身が学ぶ上でお手伝いをさせてください)
 To help yourself
 (ご自分を救うということです)
 Look around you. All you see
 (まわりを見渡してご覧なさい、みんな)
 Are Sympathetic eys
 (同情の眼差しで見ているではないですか)
 
 みんな同情の目で見ている位どうしようもない状態なんだから、自分で自分を救うようにしなさいという提言。自分が知っている以上に他人は、自分を見ている、ということでしょうか。(実際はその逆かもしれないけれど、、)

 Hide it in a hiding place
 (そんなものは見えない場所に隠して置きなさい)
 Where no one ever goes
 (誰もいかない場所にですよ)
 Put it in your pantry with your cupcakes
 (食器室にカップケーキと一緒に置いておけばいい)

 it(それ)とは、ロビンソン夫人とベンジャミンの関係を表すのでしょうが、ロビンソン夫人だけでなく、人間誰もが持つ神への懺悔に値する事すべてかもしれません。それにしても、カップケーキと一緒に(さりげなく)隠せという忠告もユーモラスで面白いです。こういう部分を読むとポールの詩が成熟していることを感じます。

 詩の内容に合わせて、歌のメロディも若干変わるのも楽しいです。上のカップケーキの部分は、まるで耳うちしてひそひそ話をしているようにも聞こえます。

 Laugh about it,
(笑いなさい)
 Shout about it,
(叫びなさい)
の箇所も、まさに「笑い飛ばしなさい」っていう雰囲気があり、痛快でおかしいです。

 最後の部分では、唐突に「ジョー・デイマージオはどこへ行った」と歌われます。これは、書籍「ポール・サイモン」(音楽之友社刊)によると、
  「アメリカの失われた純粋さと現代の英雄を求める気持ちを歌って、雰囲気を盛り上げる」
 とあります。

なぜ、ロビンソン夫人の歌で、最後に英雄が登場するのか?暗にポールは、夫であるロビンソン氏を叱咤しているのかもしれません。夫として父親としてもっとしっかりとしろ!と。
 
 「ミセス・ロビンソン」で、サイモン&ガーファンクルは1968年のグラミー賞を二つ、「卒業」のサウンドトラックで映画作曲賞をも受賞しました。
 
 サイモン&ガーファンクルを名実共に、頂点へ押し上げたこの歌と映画「卒業」は、まさに彼らの金字塔です。

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