Song, Paul Simon ソング・ポール・サイモン

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      SONG, PAUL SIMON/ソング・ポール・サイモン

         Vol.44  2004年2月7日(土)

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 ジョナ Jonah
            アルバム「ワン・トリック・ポニー」第8曲

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ジョナ Jonah

 Half an hour change your strings and tune up
 30分で、弦を換えてチューニングを済ませ
 Sizing the room up
 部屋の品定めと
 Checking the bar
 バーのチェック
 Local girls unspoken conversation
 土地の娘たちの無言の会話
 Misinformation
 話が違ったり
 Plays guitar
 でも、とにかくギターを弾く

さまようようなメロディが不思議な雰囲気漂う「ジョナ」。この映画「ワン・
トリック・ポニー」の主人公の名前でしたね。名前がそのままタイトルになっ
ています。

この歌詞のポイントは二つあります。

まず、ツアーをするシンガーの世界。ポールはバンドメンバー5人とクラブ周
りをするロックシンガーです。毎日移動し、宿泊先へチェックイン、準備と、
あわただしい一日の光景を歌っています。今日の部屋はどんな部屋だ、とか、
クラブの様子をチェックするのです。仕事の旅は楽しさというより、マンネリ
との戦いでもあります。旅の多い人は、最低限快適な環境を確保したがるも
の。国内外に限らず出張の多い方なら気持ちがわかるのではないでしょうか。

「娘達の無言の会話」の意味が、よくわかりませんが、たぶん、自分たちよそ
者に対し警戒して知りたいことを教えてくれない苛立ちが込められているよう
な気がします。情報不足ばかりではなく、行き違いもしょっちゅうなはずで
す。「話が違うぜ!」という感じでしょう。

それでも彼らはとにかく演奏しなければなりません。その日の糧を稼ぐため
に。

 They say Jonah he was swallowed by a whale
 ジョナは鯨に飲み込まれたという話だけど
 But I say there's no truth to that tale
 この伝説は真実じゃない
 I know Jonah
 俺はこう信じている
 He was swallowed by a song
 ジョナは歌に飲み込まれたんだ

そして第二に、ジョナ伝説。
ユダヤ教の伝説で、ジョナは海へ投げ落とされあわや溺れ死ぬ運命にあったと
ころ、大魚に飲み込まれます。飲み込まれたのだから消化されて助からないの
が常識。でもそこは伝説です。大魚の腹の中で生き延び、彼は数日後に帰還し
ます。奇蹟ですね。その奇蹟をきかっけとして、彼は布教に務めます。

そのジョナは伝説のジョナではなく、落ちぶれたシンガーのジョナ。ジョナが
飲み込まれた、つまり一生をささげることになったのは歌。歌を愛し、歌がす
べての彼は、もちろん後悔はしていない。けれど、明日が見えない、希望の光
のかけらさえも見えない日常に戸惑っているのでしょう。あれほど愛した歌な
のに、「歌に飲み込まれた」と表現するのは、きっと身動きできない自分を嘆
いている。これが宿命だとわかっていながら。

by a songの部分のメロディラインが哀しいです。

そして、上にあげた二つのポイントは、我々をさらに深い部分へと導きます。
歌とシンガーの関係は、人間の夢と現実でもあります。

 No one gives their dreams away too lightly
 夢をたやすくくれる人などいない
 They hold them tightly
 皆しっかり掴み手放そうとはしないのさ
 Warm against cold
 寒さの中、暖を守るように
 One more year of traveling 'round this circuit
 あと一年、この旅を続ければきっと
 Then you can work it into gold
 栄光を手に入れられるかもしれない

あと一年、あともう少し、もうしばらく、といいながら何年も同じ夢を見てい
るけれど、いっこうに運は巡っては来ないジレンマの中、人は生き続けていま
す。クラブ回りのシンガーたちの野望とは、いつかメジャーな世界に出ていく
こと。ジョナの場合は栄光の世界へと戻っていくこと。

映画のジョナはもう一度チャンスを手に入れます。しかし、そのチャンスは、
彼の音楽に対する純粋な愛情や情熱、そして信念を曲げなければ先へ進めない
チャンスでした。映画は、きれい事では済まない音楽界の裏事情を垣間見せて
くれます。ビジネスとしての音楽と、ジョナが愛する音楽とは、同じ音楽でも
全く別物だったのです。まさに彼は「歌に飲み込まれた」。この場合の歌とは
ビジネスとしての歌でしょう。ビジネスとしての歌ではなく、彼は真実の歌を
愛し、求めていた。誰も同じ気持ちだったのではないか?そのつぶやきが、次
のフレーズに託されています。

 Here's to all the boys who came along
 昔ここを行き交った少年たちよ
 Carrying soft guitars in cardboard cases
 段ボールのケースに入れギターを持ち歩いてた君たち
 All night long
 夜通し
 Do you wonder where those boys have gone?
 あの情熱は皆どこへいってしまったんだろう
 Do you wonder where those boys have gone?

この部分にポールの思いがこめられています。メロディもそれ以前の淡々とし
たものではなく、むしろ叫び声に近いです。少年たちは純粋に音楽を愛してい
た。友らとギターを弾き歌い、寝る暇も惜しんだ。でも、ビジネスに飲み込ま
れれば、その愛も色あせていく…。all night longの部分のポールの歌はやる
せなさがあふれ、効いている我々も心が震えるではありませんか。

「エース・イン・ザ・ホール」で「音楽は最高!」と歌った。その歌をひきさ
げ、バンドも従えてレコーディングに望む。しかし、音楽ビジネスの前に、彼
らの、特にジョナの情熱は木っ端微塵に砕かれます。プライドなんか必要ない
といわんばかりに。

やるせないこの歌は、映画では、旅先での一晩の楽しみ、ゆきずりの追っかけ
の女の子たちとのひととき、酒とタバコ、マリファナに浸るシーンで流れま
す。ポール扮するジョナは、どこか虚しい表情をしています。

聞くたびに、考えさせられるので、聞くのを躊躇しがちな歌。でも、聞かずに
いられない、そんな悩み多き歌でもあります。

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