ハーツ・アンド・ボーンズ Hearts and Bones

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ハーツ・アンド・ボーンズ Hearts and Bones
             アルバム「ハーツ・アンド・ボーンズ」第2曲

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耳をつんざくような電子音のオンパレードが突如途切れ、聞こえてくるのは心 地よいアコースティックギター。中音から高音へとフィンガー操作で、自在に 行き来する音の粒が暖かで、こみあげてくる情感。懐かしい。懐かしい?この ような音色はこれまで聞いたことがなかったはず。でもそんな気分にさせられ るのは、郷愁かもしれない。

アコースティックギター特有の力強い割れ音がビンビン鳴り和音が歌う。
ポールの声がなんだか遠くから聞こえてくるようだ。

 Hearts And Bones 心と骨

 One and one-half wandering Jews
 さまよえる1.5人のユダヤ人が
 Free to wander wherever they choose
 誰にも邪魔されず気ままにさまよいながら
 Are traveling together
 一緒に旅をしている
 In the Sangre de Christo
 サングレ・デ・クリスト山
 The Blood of Christ Mountains
 Of New Mexico
 キリストの血、ニューメキシコ
 On the last leg of a journey
 旅の終わりにたどり着いたこの地
 They started a long time ago
 出発したのはずっと前のこと
 The arc of a love affair
 ある愛の円弧
 Rainbows in the high desert air
 砂の舞う空の向こうに虹が見える
 Mountain passes
 山を過ぎ
 Slipping into stone
 岩へ滑り込む
 Hearts and bones
 心と骨
 Hearts and bones
 Hearts and bones

早口の英語なので、歌詞カードなしに聞き取れる日本人はそう多くないだろう、 と勝手に想像する。冒頭のラインは一見意味不明。でも、生粋のユダヤ人であ るポールのことを思い出せば、もう一人は半分ユダヤ人、つまり二世とわかる。
ユダヤ人の区別のつかない日本人には遠い民族の話なのだがこれは重要なファ クターでもある。二人は男女のカップル。wanderingしているのは恋人同士の 二人だけど、ここでポールはユダヤ人という人種も世界を彷徨っていることを 暗に表している(彷徨うこの人種はある意味、世界を征服しているともいえる)。

サングレ・デクリスト山が出てくるということで宗教めいたイメージになる。 そして驚くべきは、ここまでコードが全く変化がないこと。ただひたすら彼は 語っている。そして、new mexicoでようやく属和音へ動く。旅も終わりに近 づいている。出発したのはずいぶん前というがさらっと触れるだけで何の執着 もない。彼は次の言葉を放ちたかったのだ。
 The arc of a love affair
love affairといえば、グレアム・グリーンの「情事の終わり」のように、情 事と訳すべきなのか。まあ、ここは情事を含めた「恋」と解釈する。が、恋の 円弧とはどういうイメージか。恋愛には始まりがあれば終わりもある。まるで 円のように決められた軌道を回るようにし向けられてている、はかない感情 をイメージしているのか。言い換えれば「愛の法則」「愛の行方」だろう。

愛の円弧の後、レインボーという美しいイメージの言葉が出てくる。しかし、 砂の舞う空の向こうに見える虹なのだ。荒涼とした光景と七色のカラーがコン トラストを醸し出す。「マイ・リトル・タウン」で三拍子のメロディにのりア ートと久々にハーモニーで歌ったあの歌詞にもレインボーが出てきたっけ。 maj7のコードが美しい。

山はの光景はたちまち岩となり、ここでもキリストをイメージさせる。そして タイトルの「ハーツ・アンド・ボーンズ」。訳してしまうと元もこもないが、 心と骨だ。骨は体を意味するのだろう。そう、このアルバムの共通テーマを表 す二つの単語が静かに輝く。Hearts and bonesをつぶやくように三度も繰り 返す。

次は回想シーンである。二人が出会った時のイメージだろうか。

 Thinking back to the season before
 あれは前の季節のこと…
 Looking back through the cracks in the door
 ドアの隙間から顧みてみようか
 Two people were married
 ある二人の人間が結婚した
 The act was outrageous
 馬鹿な行動だった
 The bride was contagious
 花嫁は伝染症ぎみな女
 She burned like a bride
 彼女は花嫁のように熱くなった
 These events may have had some effect
 その出来事がたぶん、
 On the man with the girl by his side
 彼女の隣の男に何か影響を与えたのかもしれない
 The arc of a love affair
 恋の円弧
 His hands rolling down her hair
 男の腕は彼女の髪を抱き寄せ
 Love like lightning shaking till it moans
 恋は輝き揺れながらまぶしい光を放ちうめいた
 Hearts and bones
 心と骨(体)
 Hearts and bones
 Hearts and bones


前の季節の回想。その時のことを顧みる表現を、「ドアの隙間から」見るとし ているのが、まるで覗き見のようで怪しいし、笑ってしまう。韻の連発による 言葉遊びの要素もあるので、鵜呑みにはできないが、outrageousという言葉 を使うということは、彼自身は「信じられない」とか「馬鹿げた」出来事と認 識していたのか。馬鹿げた出来事とは、悪意を抱く人間ならともかく、ごく親 しい友人たちなら、「愛すべき」出来事になる。だから二重の解釈が可能なの だ。

この部分の意味は正直いって理解不能だった。が、私なりの強引な解釈を披露 すれば…。

二人は誰かの結婚式かあるいは結婚パーティで隣り合わせになった。そして、 その様子を見ていた彼女はロマンチックな気持ちになった。隣にいた彼も同じ 気持ちになり自然と彼女と親密な仲になっていく。

感染症とは比喩なのは明かだろうが、たぶん人に影響を与えやすい、悪く言 えば周囲の人間を振り回す人間なのだろうか花嫁は。次に再び花嫁という言葉 が出てくるのもおかしい。ここはbrideつづきで「燃えた」ととはエロチック な表現じゃないか。この部分の後半は、性的イメージがぷんぷんと漂っている。 感染させられた男とはポールのことだろう。心と体が燃え上がり、結果二人は 接近したのだ。男女の関係とはとかくそんなものである。感情と体を真にコン トロールして恋愛などはできないはずだから。

楽しいのはサビの部分の会話だ。

 And whoa whoa
 She said why?
 ねえ、ねぇ
 Why don't we drive through the night
 夜通し走り続けましょう
 And we'll wake up down in
 そして、メキシコで目を覚ますのよ
 Mexico
 Oh I
 Oh, I I don't know nothin about nothin
 About Mexico
 ええ?なんだって?
 僕は知らないよ、メキシコのことなんて何も知らないよ

 And tell me why
 ねえ、答えて
 Why won't you love me
 どうして、私を愛してくれないの?
 For who I am
 あるがままの私を
 Where I am
 今ここにいる私を

 He said: 'cause that's not the way the world is baby
 彼はつぶやく、
 そんなのは僕の愛し方じゃないんだ、ベイビー
 This is how I love you baby
 This is how I love you baby
 これが僕の愛し方なのさ

ニュー・メキシコとメキシコは隣り合わせであり、確かに彼女の言うとおり走 り続ければメキシコへいけるだろう。だけれど、車でそのまま他国へ行くとい う発想は彼にはない。たぶん彼の愛する女は気まぐれな女。周りの人間を良き につけ悪しきにつけ巻き込む習性があるんだろう。彼は彼女に振り回されるの を楽しんでいたのだろうが、長い間共に過ごし、うんざりしてきたのかもしれ ない。
だから、パニック気味に、メキシコなんて知らないよ、と答えているように思 える。歌声はくちごもっている…。何度聞いても可笑しい。

次のtell me why「答えて」は、レコード付属の訳詞によれば、男のつぶや きのような解釈になっている。けれど、私は女の言葉のような気がするのであ る。ポールがつぶやくような言葉ではないんじゃないか。彼女のふるまいに乗 り気でない男が歯がゆい彼女は、彼に宝刀のような言葉で、自分への愛情を測 る。けれど、彼にはいくら彼女を愛してみても、馬鹿な振る舞いを愛の証には できない自分を知っている。最後のフレーズがシビレルではないか。
 This is how I love you baby これが僕の愛し方なのさ


 One and one-half wandering Jews
 1.5人のユダヤ人は
 Returned to their natural coasts
 前の自分たちにもどり
 To resume old acquaintances
 古い知人としての交友へと戻る
 Step out occasionally
 しばしば接触を重ね
 And speculate who had been damaged the most
 ひどく傷ついたのかは誰か考えてみる
 Easy time will determine if these consolations
 慰めが報われればまた、幸せな時に戻れるだろう
 Will be their reward
 The arc of a love affair
 愛の円弧は
 Waiting to be restored
 修復を待っている
 You take two bodies and you twirl them into one
 ふたりの体を回して、そしてひとつにするんだ
 Their hearts and their bones
 二人の心と二人の骨を
 And they won't come undone
 そうしないではいられない
 Hearts and bones
 Hearts and bones
 Hearts and bones
 心と骨

これが僕の愛し方さ、と告げた男と女は、旅を終え、自分たちの生活に戻った のだろう。燃え上がった関係、そして気まずくやるせない関係になった二人は、 冷静に自分らを見つめ、静かに交流を重ねた。冷静になれば、それぞれが相手 の事を思いやることもできる。そして、理解しあった上で、愛を育んでいく。 愛は修復へと向かい、バラバラの心と体を、一つにするまで高まっていく。 愛の円弧は、このように特にドラマチックではない集結へと向かうのだ。ド ラマが悲劇へと、あるいは喜劇へと、またほのぼのとした愛情ドラマへと、 ドロドロとした増愛へと、どう進むか、誰もわからないのだから。

クライマックスのポールの叫びはどうだ。静かな音楽にもかかわらず渾身の歌 で力を振り絞る。その声に私たちは深い感動せずにはいられない。


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