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モーツァルト
セレナード 第10番 変ロ長調 K.361「グラン・パルティータ」 


映画「アマデウス」でサリエリが感動し、いや、嫉妬するほど美しい音楽。「他愛のない、ごくありふれた、ほぼお笑い(コミック)の前奏(サリエリの言)の後、天から降り注ぐようなオーボエの美しい調べ。クラリネットがその調べを引き受け、独特の世界を創り上げている作品。とても印象的なシーンに流れた曲ですから忘れられません。あの曲はいったいなんという作品なのか?気になって仕方がありませんね。

そう、セレナード第10番の第3楽章でした。
「セレナード」といえば、かの昔は恋人の窓の下で歌う「恋歌」でした。今こんなことをすると、近所迷惑で叱られそうですが、昔は風流なことをやっていたんですね。セレナード=声楽曲。しかし時代の移り変わりと共に、この名称は多様に使われるようになります。
モーツァルトの時代には、器楽曲催し物におけるいわば余興用音楽をセレナードと呼ぶようになっていました。人々が食べて飲んで、会話を楽しんでいる中、サービスとして演奏されたりもします。椅子に座りじっと、音楽に集中する、というのではなく、ざわめいた中BGMのように扱われた、といってもよいでしょう。「セレナード第10番」は全7楽章の総演奏時間45分にも及ぶ大曲ですが、余興音楽だとすれば、45分は決して長くはないかもしれません。もっとも、この素晴らしい音楽が聞こえてくると、「ながら聞き」などできず、人々は、自然と集中して聴き入ったでしょうね。
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「グラン・パルティータ」はその題名のとおり、大組曲(イタリア語)。演奏時間の長さもさることながら、特に編成に注目です。

オーボエ2、クラリネット2、バセット・ホルン2、ホルン4、ファゴット2、コントラバス(またはコントラファゴット)1、合計13名の演奏者が必要です。

バセットホルンという聴き慣れない楽器。金管楽器ホルンの仲間ではありませんのでご注意を。実は私も最初名前を聞いた時、「ありゃ?ホルンの仲間でバス・ホルンという親玉があったっけ?」と勘違いしそうになりました。親玉は親玉でもクラリネットの方の親玉(ようするにデカイということ)でした。↓こちらにイラストが掲載されています。http://etc.usf.edu/clipart/27800/27887/basset_horn_27887.htm

モーツァルトの親しい友人にこの楽器の名手がいました。シュタトラーです。モーツァルトの「クラリネットと弦楽四重奏のための五重奏曲(K581)」には彼に敬意を払い「シュタトラー」というニックネームが付いています。シュタトラーはバセットホルン用の作品を何人かの作曲家に委嘱しており、その中で最も重要な作曲家が他ならぬモーツァルトだったわけです。この「グラン・パルティータ」もバセットホルンが編成に入る代表的作品のひとつなのです。
クラリネットよりも大きな楽器で、低い音を出すことができます。音色は、暖かくて柔らか。普通のクラリネットより暗めの音、という感想をもつ人もいるようですが、私は、そのふくよかで包容力のある音が好きです。映画「アマデウス」でクローズアップされた第三楽章では伴奏に徹しているため、目立ちませんが、伴奏群の中核を担っていて大きな存在感があります。バセットホルンの音を楽しむには、第2楽章、そして第6楽章の変奏曲を聴くべきでしょう。

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セレナードということで「気楽に」聴ける音楽ではあるのですが、流して聴くだけではもったいない、素晴らしい作品です。各楽章の色彩がそれぞれ違い、明暗陰影すべてを兼ね備えています。楽器の特性を生かしたフレーズ、音色の絡みあいによる心地良い響き。これ、絶品といわずなんと表現しましょうか。私はここ2週間、こればっかり聴いています。

【第1楽章】 Largo〜Molto allegro
冒頭Largoの厚みのある音色に続くクラリネットの調べ。シンコペーションのメロディと普通のリズムが絡み合う部分。アレグロに入ってからのシンプルなフレーズでの各楽器の掛け合い。特に第二部分での、主旋律を担当するバセットホルンと、小刻みでどこかユーモラスに動き回るファゴットのデュエットが面白いです。おきまりのフレーズが七変化しつつ進む音楽を追うもよし。何も考えず全体を聞き流すもよし。いろんな楽しみ方ができる楽章でしょう。

【第2楽章】Menuetto
ゆったりとした三拍子が気持ちがいい。メロディにトリルが効果的に使用されています。二種のトリオ(中間部)があります。最初はクラリネットとバセットホルンのデュエットで、これが最高です。オススメ。二番目のトリオは、第1オーボエと第1ファゴットの掛け合いで始まり、他の楽器が伴奏しつつ、メロディラインを補う形で進む短調。ファゴットの三連符フレーズが聴きどころですな。

【第3楽章】Adagio
もはや説明の必要もない名曲。オーボエとクラリネットのソロが主で他の楽器は伴奏に徹しています。でも、伴奏といえ侮ってはいけません(サリエリの言を信じてはいけない…笑)。細かいリズムの刻みと厚みある和音が、光差し込むような細く美しいメロディラインをがっしりと支えます。

【第4楽章】Maenuetto
軽やかなメヌエット。美しい和音の響きに注目。一度目のトリオは寂しげな雰囲気が徐々に怒へと変化していきます。二番目のトリオはオーボエ、バセットホルン、ファゴットのそれぞれ第一パート三者がユニゾンで奏でる流れるような旋律に注目しましょう。

【第5楽章】Romance(Adagio〜Allegretto)
ゆっくりな三拍子によるアダージョ。和音を堪能しましょう。アレグレットでは一転してスリリングな掛け合いとなります。バセットホルンとファゴットがソロで大活躍です。高音楽器と低音楽器の持ち味を生かしたアンサンブルも聴きどころ。コーダのオーボエのメロディが美しく、いとおしむように音楽を締めくくるところがなんとも憎い演出です。

【第6楽章】Andante
「クラリネット五重奏曲」か?と間違えそうな、冒頭クラリネットデュオをはじめクラリネットが主役。続く第一変奏はオーボエがリード。三連符のメロディが微笑ましいです。第二変奏は前半バセットホルンとファゴットの活躍。裏のオーボエが効果的。後半はクラリネットとバセットホルンのデュエット。第三変奏は、ファゴットとコントラバスが細かい音形で存在を主張し始めます。クラリネット 第一のメロディと第二の分散和音がユーモラス。第四変奏は、やや哀愁帯びた雰囲気に。第五変奏はバセットホルンの二重奏にのり、オーボエがのどかなメロディを担当。後半クラリネットとバセットホルン群の調べはたちこめる霧のようで、そこにまたオーボエが姿を見せる、といった感じの雰囲気。第六変奏はアレグロ。全楽器揃って快活なフレーズを奏でた後、にぎやかに楽章を締めくくります。

【第7楽章】前楽章のにぎやかさを受け継ぎ、更ににぎやかなフィナーレは、オーボエ、クラリネットのユニゾンで始まります。スピーディなメロディ。行進曲といってもよいキビキビとした曲想は気持ちが良いです。後半バセットホルンが高音でソロを奏でます。クラリネットとの音色の違いがはっきりとわかる部分です。ファゴットのソロが登場した後、メインメロディをオーボエがソロで奏で、一気にフィナーレに向かいます。
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アインシュタインが「このジャンルの頂点とみなされるべき。これに続くものは後生にも出ていない」と絶賛したといわれるモーツァルトの「セレナード 第10番」。長いので最後まで聴くのをためらうかもしれませんが、そんな心配はご無用。聴けばあっという間に時が過ぎる、楽しくて楽しくてたまらない、そんな音楽です。まだ未体験の方はぜひどうぞ。
参考資料:※下記CD解説文(志島栄八郎さん著)

【私が聴いたCD】
PHILIPS 412-726-2
モーツァルトセレナード第10番 変ロ長調 K.361「グラン・パルティータ」
アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
指揮:サー・ネヴィル・マリナー
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