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SONG, PAUL SIMON/ソング・ポール・サイモン
Vol.45 2004年4月14日(水)
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不在人に神の祝福あれ God Bless The Absentee
アルバム「ワン・トリック・ポニー」第9曲
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不在人なんて、まるでこのメルマガみたいですが、今日の歌は、身につまされ
る人も多いでしょう。リチャード兄貴の粋なピアノのソロで始まる、この歌、
じっくり聞きましょう。
聞く度に惚れ惚れするんですね、このピアノ。特別なフレーズがあるわけでも
ないし、こういう前奏は他にも五万とありそう。でも、この作品にぴったりき
ているという点では無二でしょう。ピアノに隠れているけれど、ベースギター
も静かな存在感で聞かせてくれます。
歌の内容は、あまり深追いしたくないけれど…。
God Bless The Absentee 不在人に神の祝福あれ
Lord I am a working man
神よ、俺は労働者
And music is my trade
商売は音楽
I'm traveling with this 5 piece band
バンドメンバー5人組と共に旅回りの毎日
I play the ace of spades
俺の役目はスペードのエースってところ
I have a wife and family, don't see much of me
ワイフと家族はいるが、一緒の時間は少ない
God bless the absentee
(留守がちな夫、またはオヤジ)不在人に神の祝福あれ
映画でポール扮するジョナは、クラブ回りの歌手です。バンドメンバーと共に
何週間もの間旅をするわけです。家族がいれば当然一緒にいられる時間も少な
い。これは職業柄宿命ともいえるのですが、当事者の苦悩は他人には知るよし
もありません。ジョナは、バンドのエース。でも、家族と離ればなれの日々を
悔やんでいます。
music is my trade とは、うまい表現で、単なる職業という意味を超え、自
分が生まれた時から決まっていた役目、という深い意味合いも込められている
ようです。ようするに「これしかできない(あるいはしない)」仕事ですね。
人間の大多数が、不本意な仕事を生業として生きているのですから、考えてみ
ると、贅沢な話のような気がします。当人は真剣なんですが…。
歌で主人公は次にミュージシャンではなく、医師(それも軍医)になっていま
す。彼の商売道具はナイフ、つまりメスですが、ナイフ=音楽となっていると
ころがますます意味深です。
Lord I am a surgeon
神よ、俺は軍医
And music is my knife
音楽が俺のメス
It cuts away my sorrow
いつも憂いを切断し
And purifies my life
人生を清めてくれる
But if I could release my heart
でも、もしこの心臓を
From veins and arteries
静脈と動脈から分離させられるなら(この世からおさらば)
I'd say God bless the absentee
不在人に神の祝福あれ、ってな
音楽がメスのように、憂いを絶ち、身を清めてくれる。
音楽を人生で最愛の友とする人には、音楽はそんな存在でしょう。音楽という
でも、妄想はエスカレートし、甘美な自殺をもほのめかす。この点は悪いジョ
ークと思えなくもありません。まあ、人は生と死との隣り合わせで生きている
から、「この世の不在人」という考え方は意外に他人事ではありません。
I miss my woman so
愛しのワイフ
I miss my bed
懐かしの我が家のベッド
I miss those soft places
あの優しい場所
I used to lay my head
いつも頭をうずめた恋しいあの場所
主人公は、家族の元へ、このフレーズでは特に妻のところへ戻りたいんですね。
我が家の懐かしい場所とは、つまり妻の事なのでしょう。これほど愛しいとす
れば、彼が自分の職業を呪う気持ちもわからなくはない。
ここのさびの部分の後、間奏が入ります。渇いたギターのソロ、ベースギター
の静かな主張、そしてバックに聞こえるピアノ。なんとなくこの歌のやるせな
い気持ちを代弁するかのようです。
My son don't need me yet
息子にはもう俺は必要ない
His bones are soft
あいつの骨は柔らかいが
He flies a silver airplane
銀の飛行機をぶっ飛ばし
He wears a golden cross
金の十字架を身にまとう
不在がちで一緒にいる時間も少なかった結果、彼の息子は知らないうちに大人
になっていきます。この手の中に抱きしめ、目に入れても痛くなくないほどの
存在だった息子は、手の届かない位体も心も大きくなってしまった。父親の戸
惑いは計り知れません。
God bless the absentee Lord
不在の神に、神の祝福あれ
This country's changed so fast
この国はこんなに早く変わっちまった
The future is the present
未来は現代
The present's in the past
現代はたちまち過去になる
The highways are in litigation
ハイウェイは訴訟騒ぎで
The airports disagree
空港建設は反対
God bless the absentee
不在に神の祝福あれ
と、ここまで、きわめて個人的感情を歌ってきたにもかかわらず、今度は社会
的話題にふる。ポール・サイモンの歌のひとつの傾向です。
不在がちだった自分が家族との絆を失ったのと同じように、いつの間に社会か
ら取り残されている自分を憂います。未来が現在に、現代は過去にすぐになる。
時の流れはそれほど早く、多くの人間はその早さを実感しないまま、生きてい
る。「こんなはずじゃなかった…」といつも後悔するのかもしれません。
不在人としての夫、父親を歌いながら、ポールは、時の中でもがいているに過
ぎない人間、そして社会、国を皮肉っているのかもしれません。
意味を深く考えなければ、普通のロック調の歌。特別際立つ音楽的な要素もあ
りません。でも、なぜか私たちの心の琴糸をくすぐるこの歌。本アルバム中、
気になる存在でもあります。もちろん、映画のテーマとはぴったりですしね。
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