「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌」So Long, Frank Lloyd Wright -P.Simon-
So long, Frank Lloyd Wright
さようならフランク・ロイド・ライト氏
I can't believe your song in gone so soon.
信じられません、あなたの歌がこんなに早く消え去るなんて
I barely learned the tune
やっと音を覚えたばかりなのに
So soon.
こんなに早く
So soon.
I'll remember Frank Lloyd Wright
きっと思い出すでしょう、フランク・ロイド・ライト氏
All of the nights we'd harmonize till dawn
毎晩のように夜明けまで歌い続けましたね
I never laughed so long
あんなに長時間笑ったことなどありません
歌という表現が出てきますので少しわかりにくいですが、フランク・ロイド・ライトという建築家の事を歌っているとすれば、歌=作品(建築物)、覚えた音=作風・テクニック、歌う=語り合った、議論をした、となるのでしょう。
数々の建築家が
現れては、消えていくけれど
あなたの視点を決して変えないでください
僕のアイデアが枯渇したら
すこし立ち止まり、あなたのことを考えてみます
さようならフランク・ロイド・ライト氏
毎晩のように夜明けまで歌い続けましたね
あんなに長時間笑ったことなどありません
さようなら さようなら
何度聞いても感じる悲しげな歌です。クラシックギターの奏でるボサノヴァ風伴奏やコード進行、そしてアートの淡々としているものの情緒溢れる、愛情深い歌声のせいでしょう。コンガのリズム、控えめなストリングス、そしてフルートも雰囲気を出しています。
「建築家が現れては消えていく、けれどあなたの視点は変えないで」の箇所はポールがソロをとっている点が注目です。彼流に言い換えれば「多くのソングライターが出ては消えていく(消費されていく)、けれども自分のオリジナリティ、独自の眼を忘れずに書き続ける」と語っているようも聞こえます。
と、ここまで通常のライナー・ノートのようにこの歌が建築家フランク・ロイド・ライトを歌ったとの観点から書いてきました(現にオフィシャルアナログLPにもそういう記載がある、、。筆者は「そうかどうかはわからない」と少し疑問を残しているものの、、)。しかし、それは間違っている
と『サイモン&ガーファンクル・伝記』(The Biography:Simon & Garfunkel by Victoria Kingston)に記載があります。
「アート・ガーファンクルがかつて建築家志望の学生であったことを考て
てみれば、それ(フランク・ロイド・ライトの歌)以上の意味を持つので
はないか。これはアートそして彼との長年の友情に捧げる歌なのだ。そう
でなければなぜポールは朝まで夜明けまで共に歌っていたのか、笑い続け
たのか。同時に歌は作家が抱く大きな恐れでもある《アイデアの枯渇》に
ついて焦点を当てている。フランク・ロイド・ライトはポールに特別な
インスピレーションを与えた。本物の建築家たちが、どんなに偉大であっ
ても、現れてはまた消え、人の視点を変えることはできないと。この歌は
胸の痛む歌である。アート自身によって優しくユーモアに歌われているか
らだ。後日談になってしまうが、彼ら(サイモン&ガーファンクル)の歌
は本当に消え去ってしまった。」(以上試訳:musiker)
1969年のオックスフォード大学での演奏会で、アートは、
「僕はかつて建築家志望学生でした。ポールがフランク・ロイド・ライトの歌を書いてくれたのには驚きました。」
と明るく語っています。そして、レコード版より少し早めのテンポで、この歌が披露されています。その演奏は本当に楽しげなボサノヴァ風音楽として楽しめるものです。
(このCDは偶然中古レコード・CD店「アンサンブル」で入手しました。詳細についてはweb版「all simon and garfunkel」で記載しています。)
↓オックスフォード大学での演奏会についてはこちらで紹介しています。
http://www.musiker21.com/
アート、いや、サイモン&ガーファンクルへのポールの決別の歌(?)ポール自身が語っているわけではないので真相はともかく何となく深刻な気持ちになりますね。寂しげな歌と先に記載したのは、こんな背景が知らないうちに私たちに感じ取れるからなのかもしれません。
みなさんはいかがですか?
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