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「ボクサー」 The Boxer


【内 容】
 ★ 散文のような詩、しかし見事にメロディにマッチしている
 ★ これはボクサーの歌ではない、すべての人間の歌
 ★ ポールの自伝的作品という周囲の批評に、ポールも納得
 ★ 厚みのあるサウンド、主役はやはりギター
 ★ オリジナルヴァージョンにない第3と第4コーラスの間に入る歌詞

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★ 散文のような詩、しかし見事にメロディにマッチしている

 この歌はそれまでのサイモン&ガーファンクルの歌とはうってかわった印象を受けました。その理由は、ポールがまるで語るように歌っている点です。歌詞も散文のようです。といってもセンテンスが長いものの、英語で発音すると、きちんと歌のフレーズにおさまります。メロディと言葉のイントネーションがうまくマッチしているのも見事です。

  The Boxer: Copyright 1968,1996 Paul Simon Music
  迷訳:musiker

 =第1コーラス=
  I am just a poor boy.
  僕は本当に哀れな男
  Though my story's seldom told
  こんな話はめったにしなかったんだけれどね
  I have squandered my resistance
  反発心なんか使い果たしてしまったよ
  For a pocketful of mumbles,
  ポケット一杯の不平不満へのね
  Such are promises
  ほら、約束やら
  All lies and jest
  嘘や冗談にしたって
  Still, a man hears what he wants to hear
  結局人は都合のいいことだけ聞いて
  And disregards the rest
  他は無視するんだから
 
 身の上話です。若者が家出する時の気持ち。大人に成長する過程のあのフラストレーションを言い表しています。ポール・サイモンは、冒頭のこの部分は、詩とメロディとが同時に浮かんできたと語っています。
 
 家を出たものの、家族から離れると不安なもの。雑踏の中で少年はいいしれぬ孤独感の中でおびえます。

 =第2コーラス=
  家を出て家族から離れた頃
  僕はもう少年ではなかったはずだけど
  見知らぬ人々の中
  ぶきみな静けさ漂う鉄道の駅で
  目立たぬよう身を隠していた
  ボロボロになった人々が行く
  貧民街を探していた
  彼らだけが知るその場所を求めて

 =第3コーラス= 
  労働者向けの賃金でも構わないと
  仕事をいろいろ探してみたけれど
  職にはありつけなくて
  お呼びがかかるのは
  七番街の娼婦家からだけ
  でも、告白するけれど、、、
  寂しかったので時々
  お世話になったこともあるんだ
  
 仕事をあれこれ探すものの、世の中は冷たく厳しく、職は見つかりません。声をかけられるのは、娼婦街からのみ。繁華街あたりで「社長!」といせいよく呼び込みされる日本のようではありませんか(ムードが違いますか?)

 =第4コーラス= 
  やがて冬着を整えていると
  家に帰りたくなった
  ニューヨークの冬のように
  キツイところなんてない
  僕を呼んでいる声が聞こえる
  家に帰れと
  
 冬支度をしていて家に無性に帰りたくなります。寒さ厳しいニューヨーク、仕事も与えてくれず、生活費をむしりとり、まるで血を抜き取る(bleed)だけのこの土地で生きていく不安。
 bleeding me
 leading me
 going home
 以上「イング」の発音を含む三つの言葉が、少年の心をより強く故郷へと導く雰囲気を、一語一語次第に強めます。

★ これはボクサーの歌ではない、すべての人間の歌

 さて、第5コーラスで、ようやく「ボクサー」という言葉が出てきます。(最初聞いた時、タイトルのボクサーという言葉がいつ出てくるのか、妙にワクワクしていました。でもどこがボクサーの歌なの?と疑問も)
 
 =第5コーラス= 
  In the clearing stands a boxer,
  リングに立つ一人のボクサー
  And a fighter by his trade
  戦士という職業だ
  And he carries the reminders
  彼は闘わなければならないのだ
  Of every glove that laid him down
  ダウンさせようと一撃を浴びせ
  Or cut him till he cried out
  絶叫するまで切り込んでくる敵と
  In his anger and his shame
  怒りと屈辱の中で彼は叫ぶ
  "I am leaving, I am leaving."
  「俺はやめるぞ、やめてやる!」
  But the fighter still remains
  でも、戦士は今も闘っている

 ボクシングの試合を見たことはありますか?彼らはお互いに相手を倒すため、一心不乱にパンチを出し、受けます。どんなに強いボクサーでも、時には相手からのパンチの嵐の中、痛み、打撃、傷、血を受ける宿命があります。彼らはそれに耐え抜き、一瞬のチャンスを狙います。相手をダウンさせるそのチャンスを。ボクサーとは相手を打ちのめすパワーと、パンチに耐える耐久力の両方で勝負をかけています。だから、勝者と敗者に係わらず、見ているものに感動を与えます。
 
 ボクサーとは人間そのもの、リングは人生におけるステージを言い表す比喩でしょう。人間には闘わなければならない事柄はたくさんあり、その攻撃に耐えながら、毎日毎日を生きています。時には逃げたいと思いつつも、心の中の何かがそれを否定し、戦い続けているはずです。

 これはボクサーの歌ではない、すべての人間の歌です。
 
 歌の少年も、結局はニューヨークから逃げ出さず、そのまま仕事を得てその後生きたのではないかと想像します。それとも、故郷に帰ったのでしょうか?いずれも彼の人生でしょう。

★ ポールの自伝的作品という周囲の批評に、ポールも納得
 
 発表当時、世間ではこの歌が誰の事を歌っているのか、噂でもちきりだったそうです。ボブ・ディランを書いたのではないかと。しかしそれらの噂は次第に消えていき、やがてこの歌の内面から湧き出るものに気が付きます。いうまでもなくポール・サイモンの自伝的雰囲気でした。「ボクサー」を
「ポールの自伝的な歌」と批評された点について、彼自身全否定はしなかったものの、ずいぶん驚いたそうです。
 
 やがて彼はためらわずにこの歌は自分のことを歌っていると語ります。
 
 この頃、サイモン&ガーファンクルは「サウンド・オブ・サイレンス」、「卒業」、「旧友」の成功でトップスターになっていました。有名人の宿命で、ポールも色々な誹謗中傷を浴びるターゲットとなり、心休まる暇もなかったといいます。特に彼はこの頃、注文に応じて曲を書くことはせず、じっくりと時間をかけて歌を書いていたため、寡作だというレッテルを貼られていました。ポール自身は、大量生産型のソングライターではないし、優れた作品を書くには時間が必要だと自負していたものの心中おだやかでなかったでしょう。「ボクサー」で彼をうちのめそうとするのはポールの敵であり、「俺はやめるぞ!」というのも彼の本心だったでしょう。しかし彼は敵に負けることなく、その後も歌作りずっと続けています。
 
 ディランの事を書いたという噂に対しポールはこのようにコメントしています。
 「それは違う。僕は彼の人生については何ひとつ知らないからね。」

★ 厚みのあるサウンド、主役はやはりギター
 
 サウンド的にも、それ以前の作品に比べぐっと厚みを増したのは、16トラックの録音(はじめは実際には8トラックが2台だったそうで、録音開始時に同時にスイッチを押さねばならず、エンジニアは苦労したそうです。しばらく後に、本物の16トラック機が用意され、最終的にそれを使用しました)、そして合計100時間をかけた入念な録音のためでしょう。録音場所も多岐に渡り、基本トラックはナッシュヴィルのスタジオで、エンディングの声部と金管楽器は、St.ポール教会(ニューヨーク)、ストリングスとメインヴォーカルはニューヨークのコロンビア・レコードのスタジオなどで行われています。
 
 今あらためて聞き、気が付くのは、この作品のベースとなっているのは、ポール・サイモンのアコースティックギター。多重録音で、変則チューニングなども施しているギターの音が軽快で、作品全部を包んでいます。歌はそっちのけでこのフィンガーピッキングの素晴らしさを私はよく聞きます。ギターのボディを軽く叩くようなひかえめな打楽器の小さな音でリズムをとり、テナーサックスのような音色(低音のハーモニカという記述もある)がリズム楽器のように要所要所で登場します。
 
 さびの部分の美しいメロディはなんとトランペットとスチールギターだそうです。私は長年フルートだとばかり思っていましたが、よく聞くとあの延びのある音色は確かにトランペット。スチールギターの音はそれとわからぬくらいトランペットの音色と融合しています。教会で演奏されただけあり、自然にエコーがかっていて美しい。メロディはアートによるもの。
 
 クライマックスでは大編成となり、ストリングスや金管楽器が、前面に出て歌を盛り上げます。「ライラライ、、、」というリピートがこれでもかこれでもかと続き、いったいいつ終わるんだろう。「ヘイ・ジュード」のようにフェイドアウトしてしまうのか?1分以上に及ぶリピートの末、不安を解消するようにメロディラインは収束し、最初のようにフィンガーピッキングのギター、長いソロで静かに歌は終わります。この終わり方は、うまい!
 
 ★ オリジナルヴァージョンにない第3と第4コーラスの間に入る歌詞
 
 さて、1981年9月19日にセントラルパークで行われたサイモン&ガーファンクルのコンサートで歌われた「ボクサー」には、第3コーラスと第4コーラスの間に1コーラス新しい歌詞が入っていました。私の手元のCDには、翻訳はついていないものの、英文歌詞が付いていますのでこれをご紹介し
 ましょう。

 =第3.5コーラス=  
  Now the years are rolling by me
  過ぎ去った年月は
  They are rocking evenly
  すべて同じように素晴らしい
  I am older than I once was
  僕は昔より歳をとり
  Younger that I'll be
  将来の僕よりは今は若い
  But that's not unusual
  珍しいことではなく
  No it isn't strange
  奇妙でもない
  After changes upon changes
  変化に変化を重ねても
  We are more or less the same
  僕らは結局変わっていない
  After changes we are more or less the same
  どんなに変わろうとも、僕らは同じさ

 この歌詞は、セントラル・パークでの再結成コンサート用にポールが書き加えたものであろうと確信していました。解散から10数年経過しての感動的コンサート。そこで二人はまるで自分たちの事のように「僕らは同じ」と、歌ったのですから。聴衆はこの部分を聞き、喝采を送っています。

 ところが、既に1975年に「サタデー・ナイト・ライヴ」にポール・サイモンが出演した際、ゲストのアート・ガーファンクルが歌う「ボクサー」で使われていてたことを最近知りました。そんな早くから詩を加えていた彼の中にはどんな思いがあったのでしょう。
 
 21世紀を迎えたポール・サイモンの演奏会でも必ず歌われている「ボクサー」は、ポールはもちろんですが、アートにとってもお気に入りの歌に違いありません。
 
 「ボクサー」を聞くとなぜかいつも心が温かくなりませんか。力強さと心優しさの両面を兼ね備えたまさに傑作。いつまでも歌い聞きたい歌ですね。

※※※
「サタデー・ナイト・ライヴ」が初出とばかり思っていたところ、もっと前にこの歌詞は登場していたことを、本ホームページをご覧になった方より、教えていただきました。ポール・サイモンのライヴアルバムLive Rhymin'で、確かに彼はこの新歌詞を披露しています。この部分の終わりに、聴衆から熱烈な拍手を浴びています。ほんと感動的です。(2005年1月)  

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