updated on 26 JUL 2006

ベルリオーズの失恋
  ベルリオーズ 「幻想交響曲」 作品14a
  Berlioz(1803-1869) Symphonie Fantasique, Op.14a


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ベルリオーズは女優に恋をしました。それも主役級の女優です。彼は24歳。音楽家としてはまだ世間には認められていません。当時音楽の登竜門的存在だったローマ大賞をめざし励んでいたといいますが何度も落選します。そんな時にたまたま見た劇に彼女は出演していたのです。

一介のファンです。女優が相手にするはずもありません。結局彼は失恋し奈落の底に突き落とされた気分になります。生きているのさえも嫌悪を感じる。恋に破れれば誰もがそうなるはず。しかし彼の場合はこの失恋を強靱なバネにしてひとつの偉大な交響曲を書きました。一心不乱、おそらく何かに取り憑かれたかのように書いたに違いありません。それが『幻想交響曲』だったのです。

この曲、ただの作品ではありません。ベルリオーズの渾身の想い(というよりむしろ怨念ともいえそう、ああ怖い)が込められているオソロシイ曲です。聞くときは相当覚悟しなければなりません。

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標題を見る前に能書きを読みましょう。

 病的な感受性と非常な想像力をもった若い音楽家が、失恋して服毒自殺を 図る。しかし薬の分量が足りなかったので死ぬことができず、奇怪な一連 の夢を見る。その中で恋する女性は一つの旋律(固定楽想)として描かれ ている」というのです。しかしこの冒頭の文章は後に削除されます。あま りに恥ずかしくなったのか、理由は定かではありません。 この作品を聞いて驚くのは美しいメロディとおぞましい曲想のコントラスト、高らかな管楽器のファンファーレや打楽器の効果などが入り交じっている壮大なスケールです。めまぐるしく変わるテンポも緊張感溢れています。
 
標題音楽の元祖という云い方もされています。音楽史上きわめて重要な作品であるとも。確かに交響曲という絶対音楽(つまり音楽だけですべてを語る、余計な説明など不用、、という見方によるとゴーマンな音楽のこと)に個人的モチーフをこれほどあからさまに用いた人はベルリオーズ以前はいなかったでしょう。ベートーヴェンだってピアノソナタなどはきわめて個人的要素の強い作品も多いけれど、さすがに交響曲にこういう感情は入れなかったですしね。

でも、いわせていただけば、創作という行為に、個人的なモチーフが全くないということはあり得ないと思うのであります。それを昔の人は表へ出さなかったのね。奥ゆかしいといいますか、自分をさらけださないのが美徳。少し前までの日本人の美徳と同じです。こういう鉄仮面みたいな作品(音楽だけでなく文学、美術系すべて)の底にこそ人が想像もできない位のおどろおどろしい、あるいは甘美で、とろけてしまいそうなめくるめく官能美があふれているものです。そこんところ、勘違いすんなよ、といいたい(一見クールな夏目漱石の「坊ちゃん」以後の小説群を読んでみよ!)。

脱線しましたが、ベルリオーズはこういう感覚を臆面もなく表へ出したのです。功績は大ですよね。彼のおかげでその後の作曲家は誰に遠慮する必要もなくロマンチックな作品をおおっぴらに世に出せたわけですから。

【第一楽章】 夢と情熱弦楽器で奏でられるメロディの哀愁帯びた様子。なんとも情熱的なメロディが泣かせるこの楽章は、死ねなかった主人公が幻影の中で見る夢です。その前登場するオーボエの音色が実はこの作品の中で重要な役割を担っていることを忘れてはいけません。哀しげな曲想の後妙に楽しいメロディも出てきますがそれはあくまで幻想なだけ。メロディを低音楽器が補助しているのもすごい効果ですね。

【第二楽章】 舞踏会優雅な舞踏会ですから当然ワルツ。ハープが優美な雰囲気を演出しています。ウィーン風とは少し違う色合いを楽しんでください。楽しい時間、ここで主人公は恋した女優を垣間見ます。あくまでも夢の中でのお話です。

【第三楽章】 野の風景イングリッシュホルンの哀愁帯びたメロディ、そしてオーボエとのデュエットもいいですね。やがてヴァイオリンにメロディはバトンタッチ。バックの弦楽器によるピチカートも効いてきます。野の中彼は憧れの人を幻影の中に見るだけなのですが、とてもロマンチックに展開していきます。さすが幻想ですね。こんなに熱い想いがまだ彼の心には残っているのです。クラリネットが先導しフルートと重ねるデュエットの美しさは格別です。弦楽器との絡みが続き、再びイングリッシュホルンの音色に重なり、ティンパニーの猛々しい音。二つの楽器のコントラストがすごい効果となっています。

【第四楽章】 断頭台への行進おぞましさがあふれているはずのこの楽章はたぶん最も好まれているのではないでしょうか。管楽器の活躍も素晴らしく、きびきびとした行進曲に体も踊ります。でも、これギロチン台へ向かう主人公(彼は夢の中で愛する恋人を殺すのです。死刑になります。)の行進なのです。最後近くで鳴る弦楽器の短いピチカートは何を表すのか?この話を聞いたとき、思わず昔見た映画「フランケンシュタイン」を思い出しました。ああ、恐ろしい!!ドラム先導で最後は高らかなファンファーレ。

【第五楽章】 ワルプルギスの夜の夢怖い導入部です。死んだ主人公は魔女の祝宴にいます。魔法使いや亡霊が彼を埋葬するため集まっているというお話。このあたり「ファウスト」とは少し様子が違います。グロテスクでおぞましい光景です。ユーモラスな管楽器の調べは、あたかも主人公をおちょくっているかのようにも聞こえます。甲高い鐘の音は何を表すのでしょう。聖歌「怒りの日」の始まりです。低音楽器の効果が不気味さを保っています。弦楽器のフーガを包み込むように金管楽器や木管楽器のメロディで進行します。ここあたりになると聞き手はかなり混乱しそうです。それでもいいのです、つまり幻想の中、狂気の世界なのですから。でも、第五楽章は管弦楽曲としての聴き応え充分です。すごいですよ!

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【私の聞いたCD&LP】
シャルル・ミンシュ(指揮)パリ管弦楽団
※アナログLPで聞いたため同じと思われるCDはamazonで以下のものを発見しました。こちらです。
バレンボイム(指揮)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
SRCR-9261
こちら

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