交響曲第六番「田園」
〜思い出の映像を再び、心で視るための音楽
ベートーヴェン 交響曲第六番 ヘ長調 Op.68 《田園》
Ludwig van Beethoven(1770-1827)
Symphonie Nr.6 F-dur Op.68 "Pastorale"
★きわめてやさしく美しい。でも、地味。
普通、交響曲というと第一楽章は躍動的、第二楽章はスローなテンポで美しいメロディ、第三楽章は少しコミカルな調子のよい曲想で、最後第四楽章は、フィナーレにふさわしくスピーディでエキサイティングな演出がほどこされています。少なくとも古典派と呼ばれている作曲家の場合これが一般的です。
ところがこういう一般的な交響曲という観点からいえば「交響曲第六番・田園」はまさに異色の存在です。どこが異色か?
(1)スピード感がない。ゆったりとしている。おちつきがある。
第一楽章がこんなに落ち着いた気持ちで聞ける交響曲はありません
(2)やさしい
優しさに溢れている交響曲は他にもたくさんありますが、「田園」の場合はフレーズの一つ一つがきめ細やかに作られているせいでしょうか、何とも言葉では表現できないやさしさがあります
(3)興奮しない→体にいい
これは少し冗談交じりですけれど、「おちつき」があって「やさしい」音楽ですので興奮しにくい。聞くと心洗われます。今流行の言葉「癒し系」音楽の代表かも。だから体がいい?
(実は興奮する「体に悪い」楽章もちゃんと?ありますが、、)
第六番はベートーヴェンの交響曲を代表する作品のひとつではあるものの他の特に奇数番号に比べおとなしめ。知名度でいえば「第三」「第五」「第九」(順序は人それぞれの意見があるでしょうから、一応番号順)に続き四番目なのに。
だからよほどこの曲がお気に入りの方以外は、たぶん何度も聞き返すことが少ない交響曲だと思うのです。その知名度の割には繰り返し聞かれる回数は少ないんじゃないかなぁ〜。みなさんいかがですか?ベートーヴェンの作品の中でBGM的にも聞けるという希有な作品。だからこの交響曲、少し地味?
、、、。
でも、本当に地味だろうか?
★標題音楽的だけれど標題音楽でない
もしお手元にこの曲のレコードやCDがあるなら、今一度改めて聞いて見てください。それもBGMとしてではなく、じっと耳を澄まし集中してです。
美しい作品であることは誰も疑わないでしょう。やさしさ溢れています。第一楽章冒頭から、自然が発するにおい、感触、水、彩りなどが現実感を帯びて私たちの心に飛び込んでくるでしょう。そして、その音色自体が、心奥底にあるx記憶の「懐かしい情景」を思い出させませんか?しまっておいたVTRや写真xをひっぱり出してきて、見せてくれるスイッチのように。
ベートーヴェンは「交響曲第六番」を「田園交響曲(Sinfonia Pastorale)」と呼びました。現に初版の楽譜にもそのように記述しています。自ら「田園生活への思い出」とも語りました。また彼にしては非常に珍しいことに各楽章に次のような標題をつけたのです。
第一楽章 田園に着いた歓び
第二楽章 小川のほとりで
第三楽章 村人の集い
第四楽章 嵐
第五楽章 牧人の歌、嵐の後の悦ばしき感謝の情
音楽を聞く上で標題があると聞く上でヒントを与えられたみたいで大変助かります。言葉によるサポートを一切排除し音楽のみで物事を表現しようとしたいわゆる「絶対音楽」を確立させたとされているベートーヴェンにしてはサービス精神旺盛です。よほど気分がよかったのかもしれません(?)
でもやはり彼はベートーヴェンでした。標題だけを読むと絵画的な音楽なのだろうかと連想しそうですが、彼は「田園交響曲」を「絵画よりむしろ感情の表現」としました。さらに自らつけた標題そのものについてもこだわる必要はないというのです。彼は
どんな場面を思い浮かべるかは、聴くものの自由にまかせる。性格交響曲
(Sinfonica caracteristica)−あるいは田園の思い出。あらゆる光景
は器楽曲であまり忠実に再現しようとすると失われてしまう。田園交響曲
(Sinfonica pastorella)。田園生活の思い出をもっているひとは、誰で
も、たくさんの注釈をつけなくとも、作者が意図するところは自然にわか
る。描写がなくとも、音の絵というより感覚というにふさわしい全体はわ
かる。
※以上は田園交響曲の1807年最初のスケッチ帳に書かれているもの
(『音楽ノート』ベートーヴェン 小松雄一郎訳編 岩波文庫)
と書いています。ですからこの作品を後の作曲家たちが残した標題音楽の一種と考えるのは少し違うかもしれません。確かにフルートやピッコロから鳥のさえずりを連想できます。第一楽章の弦楽器によるのどかなメロディは田園風景を思い浮かばせますし、ホルンの音色は羊飼いたちの合図のようです。
ベートーヴェンは散歩しながら自然を楽しみ、小鳥のさえずりや、木々と木の葉のざわめきによって作り上げられる音を全身で感じ取りました。耳が次第に聞こえなくなってきたものの、自然が生み出すものを敏感に察知し、心や体に吸収してきたのです。「交響曲第六番」はそうした彼の経験を音楽に表現したものです。この作品にはベートーヴェンの自然に対する熱い「想い」が込められています。
「交響曲第六番」は自然というモチーフをベートーヴェンが提示してはいるものの、音楽を聞く人それぞれが自由にイマジネーションに遊ぶ、散歩するための音楽なのではないでしょうか。散歩道はベートーヴェンが歩いたハイリゲンシュタット近くの田園かもしれない。北海道夕張市の崖のそばの小道かもしれない。あなたの故郷の山道や学校帰りの田んぼのあぜ道かもしれない。そういう光景は静かに心の中の映像として残っているだけ。思い出せるのはあなただけ。思い出の映像を再現するスイッチの役割としてこれほど相応しい音楽があるでしょうか?
「交響曲第六番」が地味だと上に語ったことは全く馬鹿げています。自然こそ人間の意識すべてを包み込む究極の地味な存在です。地味でも大きく大切な存在。ベートーヴェンはそれを充分知っていたのでしょう。
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【第一楽章】 田舎に着いたと時の楽しい感情の目覚め
このあまりにも有名な楽章、そして聞き慣れたメロディ。
「タッタラ タタ」というリズムのさまざまな暖かいメロディがそれぞれの楽器にリレーされて絡み合って鳴る音色が心をなごませてくれます。オーボエのソロ、鳥のさえずりを連想させるフルートの高音のフレーズも印象的です。
中間部、全楽器によるとてもシンプルなフレーズ。一定のメロディとゆったりとした和音の変化で少しづつ音が大きくなるのですが、草原の遠くから風がじわりじわりと吹いてくるような迫力がある箇所です。静かで優しいだけでなく、要所要所にダイナミックな展開もあり楽しめる楽章です。
【第二楽章】 小川のほとりの景色
コメントのしようのないのどかで安らぐ音楽。弦楽器の三拍子の柔らかなリズムによる伴奏にのってヴァイオリンが奏でるメロディは絶品です。全楽章通じて木管楽器の活躍が目立ちますが、第二楽章は格別。注意しなければわからないほどのさりげない活躍がキラリ光っています。また、中間部のクラリネットソロの美しさに注目しましょう。
【第三楽章】 田舎の人々の楽しい集い
コミカルな前奏の後オーボエがのどかなメロディをソロで奏でます。この楽章の目玉のひとつでしょう。弦楽器の伴奏にのってオーボエがソロを続けますが、他の管楽器が要所に数小節登場するだけの変わった趣向。おもしろいな、と思っていたところ、これはベートーヴェン一流のジョークなんですね。お祭りの光景、人々は町の広場に集まっています。そこでは楽隊の演奏にのって人々が歌い踊っています。楽隊は昼間太陽の日差しを浴びながら演奏をしています。
お祭りですからたぶんワインなんかも飲んだりした後ですから、当然眠くなります。演奏中に居眠りをして楽器を落とす団員や、演奏すべき箇所を逃したり、そんな光景を音楽で表しているんですね。楽器一斉にあわてぎみに合奏する箇所なんか思わず笑ってしまいます。
【第四楽章】 嵐
さて、体に悪い楽章(笑)です。第四楽章は前の第三楽章とこの後の第五楽章と連続して演奏されます。第三楽章の余韻残る曲想に続きピアニシモで弦楽器の不気味な調べ。そしてまるで悪魔が登場したのか?というほど恐ろしい音楽が!!これはドラマチックですねぇ。各楽器の奏でるメロディもすべて不安定ですし、ホルン以外の金管楽器も加わったダイナミックな音のすごさ。田園を流しかねないほどの激しい嵐です。ピッコロの叫びが印象的。
【第五楽章】 牧人の歌、嵐の後の悦ばしき感謝の情
嵐が去り太陽が雲から差し込んでくる安堵感。クラリネットの牧歌的メロディとホルンによる前奏の後ヴァイオリンが奏でるメロディの美しさといったら、言葉で表現しようがありません。この楽章はまさに舞曲です。メインメロディはそれぞれの楽器にリレーされ変奏曲となります。音楽七変化を楽しみましょう。特にヴァイオリンの変奏部分は見事です。金管楽器のクライマックスもちゃんと出てきます。最後のあたりになって冒頭のテーマメロディが再び出てくるあたりは本当に感動的です。
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[私の聞いたCD]
ベートーヴェン 交響曲第六番《田園》
カール・ベーム:指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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