交響曲第一番 作品21 ハ長調
Symphonie Nr.1 C-dur op.21
作:1799-1800年 出版 1801年:ウィーン ホフマイスター社
献呈:ヴァン・スヴィーテン男爵
★誰かの作品に似ている?
ベートーヴェンは重要な位置づけのジャンルの作品については周到に準備を重ねてから発表しました。前号で取りあげた弦楽四重奏曲といい、交響曲といい、ウィーンでデビュー後なんと5年以上もたってからやっと発表したわけです。年齢は30歳。もう音楽家としても充分熟し働き盛りといえる時期でしょう。だから「交響曲第1番」にベートーヴェンの「若々しい作品」などという呼び方をする(私も前に「クラシック音楽夜話」でそれに近いことを書きました)のは「第一番」という若い番号がついているから錯覚するだけで、見方によっては「勘違いも」甚だしいのではないか?とこの頃思うようになりました。
いずれにしてもついに1800年4月2日、彼の記念すべき第一曲目の交響曲はウィーンのブルク劇場で行われた彼主催のコンサートめでたくお披露目となったのです。当日のプログラムは、モーツァルトの交響曲、ハイドン作「天地創造」からの抜粋、ベートーヴェンの「七重奏曲(op.20)」そして「交響曲第一番」でした。演目のメインに交響曲をそえ、自ら指揮したこの作品の評判はよくなかったそうです。
この曲の特徴としてまずあげられるのが第一楽章冒頭の調です。
★師に習わない不良弟子
この作品はハ長調という音楽について詳しくない人でも「ああ」と納得できそうな基本的な調で作られています。「だから何なんだ?」とつっこみをいれたくなる方、そうなんですよね。聞く側は、何調とかを意識して聞いているわけではありませんから(ピアノなら黒鍵を使わず白い鍵盤だけで和音を出せるというメリットがあるんですが、あまり説得力はないか?ピアノはそうだけど、このハ長調、木管楽器や金管楽器、ヴァイオリン以外の弦楽器などの場合は楽器そのものの調が違うため、結構面倒らしい、、、。)。でも妙に親近感がわきませんか?(わかないって)。
脱線しそうなので話を戻します。ようするに「交響曲第一番」はハ長調が基調なのにまるで別の調のような和音で始まる、ここが斬新だ!というお話なのです。しかも冒頭の演奏を木管楽器で始め、ゆっくりと巧みに変化させ、見事にハ長調へ転換した後、アレグロを始める。現代人が聞けば別にそれが何だ?と珍しいことではないけれど、当時としてはかなりショックだったわけです。ショックというより「とんでもない試み」で失笑を買う禁断の行為だったのかもしれません。
第一楽章をスローなテンポで始める交響曲はハイドンなどにもよくあります。
ハイドンの場合はちゃんと基準の調を使い、ちゃんと(?)ヴァイオリンのアンサンブルと美しいメロディで始めます。ところがベートーヴェンは師であるハイドンを見習わず自分の好きなようにやってしまった!温厚なハイドン先生もはらわたが煮えくりかえったかもしれません。
★モーツァルトに似ている?
このショッキングな展開から始まるアレグロのメロディ。ヴァイオリンの快活な動きが気持ちよく、花咲き乱れるこれからの季節にぴったりの音楽。ところがまたもや専門家の中には茶々を入れる人も多く、このメロディがモーツァルト作「交響曲第40番《ジュピター》」の第一楽章にソックリだといわれています。確かにジュピターもハ長調。音符の長さは違うけれど音階や装飾音も似ています。でもねぇ、私は解説書でこの記述を読むまで、全く気が付きませんでした。
確かに譜面を見比べれば一目瞭然、似てなくもありません。でもそれはほんの一部であって、ベートーヴェンのメロディは広がりを見せます。専門家の書いたものに横やりを入れるのがこの文の目的ではありませんので、あとは聞き手のご判断にお任せします。いずれにしてもこの作品をハイドンの作品の延長だとか、モーツァルト「交響曲第42番」か?などという色眼鏡状態で聞く必要は全くありませんし、それだと楽しくありません。これは紛れもなくベートーヴェンの「交響曲第一番」なのですから。
【第一楽章】
上にのべた斬新なスタートはおそらくベートーヴェンの「聴衆を、世を驚かせてやろう!」という野心の現れでしょう。ドロドロとした(?)野望を実に美しい和音展開で表現するところが憎いです!その後のアレグロははつらつとした明るいメロディ、そして木管楽器の会話が特に素晴らしい。ファゴットの小刻みな分散和音展開がユーモラスでいい味が出ています。聞いていて爽やかな気持ちになる秀逸な楽章。
【第二楽章】
ワルツ風な優しく楽しげなメロディ。「これといった特徴がない」と余計なことを書く解説もありますが、無視してください。後半オーボエとホルンのデュエットが特に美しい。
【第三楽章】
ベートーヴェン自ら「メヌエット」と副題をつけたのに明らかに「スケルツォ」と呼ぶにふさわしいユーモラスで楽しい楽章です。「メヌエット」としたのはさすがのベートーヴェンもハイドン先生に気をつかったのかも?というお話もあるそうで面白い。変な展開になっていく音楽の流れも、ドカンドカンと大袈裟に鳴らされるティンパニーも実に印象的。
【第四楽章】
スローでおごそかな和音。ためらいの弦楽器(ここの音色がたまりません)のメロディの後、驚くほどスピーディなメロディ展開に。スリル満点、ワクワクしてきます。ティンパニーの威勢の良い雄叫びも気持ちがいいです。この興奮度を例えるとすれば、そう鳥になって空を飛んでいるような、馬になって草原を走っているような。クライマックスのフルートが美しい!爽快な気分になれる高級な清涼剤。春の青空と暖かい風!(少し興奮気味、、、、)。
21世紀の私たちはベートーヴェンの交響曲が順番に発表されるのを待たなくて済みます。好きな番号を好きな順番で聞けるのです。だから交響曲なら現代人の多くは(ほとんど?)第三、第五、第六、第九の方を先に聞き、第一番、第二番、第四番(七番、八番は中間的?)を聞く方は少ないのではないでしょうか。本文でも述べたとおり、第一番はベートーヴェン初期の交響曲として興味深い対象とはされているものの、ハイドンやモーツァルトに似ていて、あまり独創性がみうけられないという不幸な評価もあるようです(もちろん絶賛する評価もありますが、一般的な傾向はそうです)。
でも、学術的にはともかく、聞けば聞くほど味わいが感じられる良い交響曲だと、私は思います。皆さんはどう思われますか?
【私の聞いたCD】
指揮:サイモン・ラトル
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ベートーヴェン交響曲全集より
TOCE-55551-55
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