「ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重奏曲」Op.1-1 変ホ長調
すでに、メールマガジン「クラシック音楽夜話」Op46で、この曲については語ってしまったので、いまさら重複させるわけにはいかないけれど、この曲について語り足りない話題を今日は提供しよう。
まず、ベートーヴェンは、ウィーンに来る前、ボン時代すでに多くの作品を書いていて、中には、ウィーン時代に勝るとも劣らない傑作も多いことを忘れてはならない。
中でも「ヨーゼフ二世の葬送カンタータ」という力作もあったというが、彼はそれを出版せず封印したまま亡くなった。死後、ベートーヴェンの意志に反し遺作として出版された。こういう作品は数多いのだ。
ともあれ、自信家で、かつ、慎重なベートーヴェンが初めて作品番号付きで出版した作品が、この「ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重奏曲」三曲であった。出版にあたってはリヒノフスキー侯爵の世話により、ウィーンのアルタリア社より発刊された。
初演を聞いたハイドンは、これらの作品を賞賛しながらも、三曲目のハ短調の三重奏曲は出版しないように助言したという。ベートーヴェンは気分を害した。そして師であるハイドンの忠告を無視し、結局出版を実行した。
「ピアノ三重奏曲 作品1」は、三曲セットで出版されたのだが、予約250部という異例のヒットだった。献呈されたリヒノフスキー家が32部予約したことからいかにベートーヴェンがこの侯爵家から尊敬されていたかがわかる。
作品1の第1番は、四楽章構成で、しかも変ホ長調というベートーヴェンが最も好んでいた調を選んでいる。他の二曲もそうだが、若々しいベートーヴェンの魅力溢れる作品である。ウィーンでは作曲の勉強中のいわば修業中の作品ということで、ハイドンやバッハの影響が見られるとされているが、私にはベートーヴェンだな、という感想が強い。
確かに、明るい。この明るさはベートーヴェンの室内楽の印象とは違う。もちろんベートーヴェンのすべての室内楽が暗いわけではないのだが、彼の作品にはどこか重厚さが漂っている。そんな印象をふっとばす、はつらつとした曲である。終始ピアノがリードしている点が、ピアニストであるベートーヴェンの当時の作品であることを象徴している。
名実ともにウィーンでデビューを果たしたベートーヴェンを待ち受けていたのは、作品の演奏と、出版の依頼だった。そして彼は作品2番として、ピアノソナタを三曲(第1番〜3番)を世に出す。
以下、メールマガジン「クラシック音楽夜話」Op.46掲載の文を改訂したもの
聞き手を子供の時代に連れていってくれる、若さあふれる作品
ベートーヴェンはなぜ作品第一番に「ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重奏曲」をもってきたのだろうか。これはベートーヴェンファンならずとも気になる疑問である。
なにしろ、当時作曲家達は、作品第一番を意図的に弦楽四重奏曲とするのが流行りというか、一種のステータスのようなものだったらしい。でも、ベートーヴェンはそうしなかった。
彼の弦楽四重奏曲第1番は、作品番号では18番と、だいぶ後だ。きっと慎重はの彼自身が納得いくレベルの弦楽四重奏曲ができるまで時間を要したということだろう。
では、ピアノ・ソナタはどうだろう? ベートーヴェンは、当時ウィーンで、作曲家というよりも、むしろ売れっ子ピアニストとして活躍していた。作曲についてはハイドンをはじめとする師匠のもとで修業中であったが、ピアノについては彼の右に出る、つまり指導できるような師匠はいないほどのレベルになっていた。ボン時代にも既にいくつかピアノソナタを書いていたという。だからピアノ・ソナタを作品第1番としても誰も異論はなかったはず。事実作品第2番(Op.2)は「ピアノソナタ第一番」「二番」「三番」の3曲セットになっている。
ところが、彼は意表をついてピアノ三重奏曲を作品第一番とした。
ピアノ三重奏曲は本来家庭用音楽という認識があり、あまり重要視されていな
い時代だったのに、ベートーヴェンの考えには首を傾げざるをえない。もともとかなりの自信家であったベートーヴェンだから、深い理由が存在するだろう、と我々は思ってしまう。でもその理由は意外なほど単純かもしれない。
私たちが「え?」と驚いたこの事実。
他の作曲家とは違うアプローチで音楽界に殴り込みをかけよう、そう考えた
ベートーヴェンはまさに意表をついたのではないかと想像してしまいます。
この作品には若さあふれるベートーヴェンの豊かな才能が随所に感じられる。
第一楽章 ヴァイオリン、チェロ、ピアノ一緒に「ザン」と奏でるアクセントに続き、小刻みな音階の明るいピアノのフレーズに続き、で始まる第一楽章。子供が元気に挨拶するような明るさ。水たまりをはしゃぐ子供のように胸が高
鳴る。
第二楽章 ゆったりとした伴奏に続き、ヴァイオリンとチェロが奏でる叙情的なメロディ。中間でのチェロヴァイオリンの滑らかなソロは、風になびく緑の木の葉のよう。夏のひととき。
第三楽章 おどけたチェロの快活なメロディに続き、ピアノが楽しそうに飛び跳ねる。ヴァオイリンもチェロもそれに続いて、一緒にはね回る。なんてユ
ーモラスな曲想だろう。
第四楽章 3、2,1、ゼロ、スタート! 鬼ごっこの始まり。子供たちが、あわただしく駆け回る光景が目に浮かぶ。皆笑い顔で、一所懸命相手を追
いかける。めまぐるしく変わるリズムとメロディに心わくわくさせられる。
ベートーヴェンの本来のイメージとは違う、洒落っ気も感じられ、思わず微笑んでしまう。こんな粋な作品を今聞けることに今更ながら心底うれしくなるではないか。
それに、不思議とこの曲を聞いていると懐かしくなってくる。
なんだろう? そう、遠い昔の、子供の頃の夏の日、夏に川で遊んだ、海で
はしゃいだあの頃に連れていってくれるような、、、。
私の聞いていたCD
TOCE-8251
ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲 第1番、第5番(幽霊)
チョン・トリオ
チョン・キョン・ファ(ヴァイオリン)
チョン・ミュン・ファ(チェロ)
チョン・ミュン・フン(ピアノ)
CE25-5835〜38
ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲選集
第1番、2番、3番、5番、6番、7番、8番、10番、11番、14番
ダニエル・バレンボイム(ピアノ)
ピンチャーーズ・ズッカーマン(ヴァイオリン)
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)
別のセットですが同じ演奏の一部が米国のアマゾンで試聴可能です↓
http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/B000002S12/qid=1027077446/sr=2-2/ref=sr_2_2/102-6225979-2753769br
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