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「ベイビー・ドライバー」 Baby Driver

 完全にロックロール調のコード進行による、楽しい歌がこの「ベイビー・ドライバー」。調子のよいアコースティックギターのチョーキングとベースギターによる前奏、そしてコードストローク。ひかえめなピアノ、手拍子、タンバリン。途中から入るサックス類。バイクの効果音。唇による「ブルルルー」という音。
 
  My daddy was the family bassman
  親父は我が家のベース弾き
  My mamma was an engineer
  お袋はエンジニア
  And I was born one dark green morn
  僕は薄明るい夜明けに生まれてきた
  With music comin' in my ears
  音楽を聞きながらさ
  In my ears
  この耳で
  They call me Baby Driver
  二人は僕をベイビードライバーと呼ぶ
  And once upon a pair of wheels
  この車輪でいったん
  Hit the road and I'm gone ah
  道路に出ればすぐに、僕はイカれちゃうんだ
  What's my number
  あれ、僕のナンバーは何番だっけ
  I wonder how your engine feels.
  君のエンジンの調子はどうだい
  Ba ba ba ba
  Scoot down the road
  道路をぶっとばせ
  What's my number
  僕のナンバーは何番だったっけ
  I wonder how your engine feels
  君のエンジンの調子はどうだい
  
 ポール・サイモンの家庭の様子がよくわかります。彼の父は、コントラバス奏者。子供の頃からポールは彼の演奏をよく聞き、また家でも父親の弾く楽器やレコードから流れる音楽の中で育ったのでしょう。母は理科の先生だったそうです。
 
 「夜明けに、音楽を聞きながら生まれてきた」という表現は変わっているけれど粋ですね。赤ん坊ですから音楽が耳に残るはずはないけれど、音楽溢れる暖かい家庭に生まれてきた。つまり、ポールは幸福な家庭に生まれ育ったことが想像できます。
 
 その幸せに満ち足りた彼も、常に両親のお膝元ある種のパターンの中で育っていることに、思春期ですから当然不満を抱いていました。冒険がしたい、飛び出してみたい。車で道をぶっ飛ばすことが、ささやかな冒険なんですね。
 
 道路に出れば自由。親父やお袋の手のうちから抜け出せる。最高だぜ!と、まあ、大人になりかけの世代なら誰もが経験する気持ち。それをポールの育った1950年代流行のロックンロール調の歌に仕上げました。
 
 第二コーラスの歌詞は、第一コーラスを変形させたもの
 
  親父は優秀な潜水工作隊員
  お袋は海軍の予備兵
  若い頃僕も銃をかついでいたけど
  軍隊にいくチャンスはなかった
  二人は僕をベイビードライバーと呼ぶ
  (以下第一コーラスと同じ)
 
 この歌詞の内容が事実かどうかはわかりませんが、おそらくその通りなんでしょう。まあ、この部分は第三コーラスへ続く「つなぎ」のような役割ですので、このまま調子のよい歌声を楽しみましょう。
 
 さて、第三コーラス
 
  My daddy got a big promotion
  親父は大出世して
  My mamma got a raise in pay
  お袋の給料も上がった
  There's no-one home, we're all alone
  家には誰もいないよ、僕たちふたりきり
  Oh come into my room and play
  部屋にこない、遊ぼうよ
  Yes we can play
  ねえ、遊ぼう
  I'm not talkin' about your pigtails
  君のお下げ髪の事を話してるんじゃなくって
  But talkin' about your sex appeal
  セックスアピールのことだよ、ほら
  What's my number
  あれ、僕のナンバーは何番だっけ
  (※以下同じ)

 大人になる過程で、ひとつの重要なテーマは「性」への目覚め。
 第三コーラスは誰もが経験する、若い頃のあの赤面しそうな甘酸っぱい気持ちと、きわどい行動を思い起こさせます。
 
 先週後書きに書いた "The Biography, Simon and Garfunkel"での「ベイビー・ドライバー」の記述は以下の通りです。
 
 「この少年は、両親のもと、金銭的に、精神的に、生活も安定した人生を送っているが、冒険がしたくて仕方がない。歌が強調するのは、車とセックスの結びつき、それに突進する彼のエネルギーだ。少年は、それまでの人生で一度も発したことのない繊細な言葉で、女の子に対し、逆に繊細さに欠ける直接的アプローチに出るのである。」
 
 この歌のヴォーカルはサイモンのみです。第二と第三コーラスの間奏部に出てくる六声による壮大なコーラスもすべて彼一人の声を重ねたもの。アートの声は全く入っていません。アルバムで「ベイビー・ドライバー」に続く「ニューヨークの少年」においても、ポールのヴォーカルのみになり、アートはかろうじてバックコーラスで参加するだけ。「明日に架ける橋」のアルバム制作時に、二人が一緒にスタジオで録音することは少なく、いつも、別々に、録音したものを、重ね合わせていたそうです。アートの映画撮影の日程のせいでスケジュールが合わず、二人のすれ違いは増えていきました。
 
 「ベイビー・ドライバー」は「ボクサー」のシングル盤のB面に収録されていました。あの頃は、とにかく、サイモン&ガーファンクルがそれまでのイメージと全く違う歌を出してきたことに、度惑いと新鮮味との両方を感じたものです。「ベイビー・ドライバー」の歌はちょっと違うな、と感じていたのは間違いではありませんでした。アートの声がないということは、サウンドとしては全くサイモン&ガーファンクル的ではないのですからね。
 
 ギターのコードストロークの巧みさは、アコースティックフリークの私にはたまりません。チョーーキングも好きですが、終始リードをとるストローク。生ギターだけでもこんなにエキサイティングな音が表現できることの証でしょう。あと、手拍子もいいし、唇の「ぶるるー」という効果音も光ります。演奏全体に遊びもあって、楽しい歌です。曲の最後ではラジオ放送の音が重なりフェイドアウトするとことも、50年代風ですね。
 
 「ベイビー・ドライバー」の「ベイビー」という愛称は、きっと「未熟な」とか「子供の」など、親であれば、たとえ子供が何歳になっても持ち続ける、愛情が込められているのではないでしょうか。
 
 ポールは、この短い作品で、大人になりたいという「熱い思い」を歌うと同時に「親への愛情」そして「親の子に対する愛情」をも表現している、そう私は思います。軽快なロックンロールの曲調、車のエンジンなどの効果音、などをおりまぜながらの軽快な歌声。なぜか心が暖かくなり、じーんとしてしまうのは、不思議です。

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