updated on 10 JAN 2007

戦争交響曲(ウェリントンの勝利)と交響曲第7番

怪作「戦争交響曲」

皆さんはベートーヴェンが残した愚作といわれている有名な「戦争交響曲」をご存じでしょうか。よほどのベートーヴェンファンでなければ、知っている人はたぶん少ないでしょう。これは巨匠と呼ばれるベートーヴェンの作品としては、できれば表沙汰にしたくない俗物的作品といわれているのです。

フランス軍に勝ったイギリスを讃美するため、というよりも、実はご機嫌をとることで、一儲けをたくらんだメルツェルという今風にいえばプロデューサーから依頼を受け、この曲の創作にあたったのです。オーストリアはフランスと10年間も戦争を続けていました。国内は疲弊し経済的にも精神的にも打撃をこうむりました。そんなさなかオーストリアの同盟国イギリスが有名なウェリントン将軍の指揮によりスペインで勝利を勝ち取ります。オーストリア中がその勝利を喜びました。そこで、メルツェルが作った音楽をベートーヴェンが編曲して「ウェリントンの勝利〜戦争交響曲」ができあがったというわけです。

愚作かどうかは、聞き手の判断に任せされるべきでしょうが、編曲とはいえ、れっきとしたベートーヴェン作品の風格です。ファンなら聞けば誰もが「おお!まさにベートーヴェンの曲だ」とわかるパワーあふれる怪作。編成も大がかりで、メイン・オーケストラとは別に、左右にイギリス軍、フランス軍役の軍楽隊、大砲、銃、太鼓、信号ラッパまで登場させるという、さながらベルリオーズの「幻想交響曲」や、マーラーの「一千人の交響曲」を思わせる規模の大きさ。大砲の音を伴う戦争の演出は19世紀初頭を描く映画音楽に使うとうってつけです。

メルツェルの狙いは大当たりでした。ウィーン市民はフランス軍に対する恨みを晴らす爽快な音楽として大歓迎。演奏会も何度も繰り返し開催されます。メルツェルもベートーヴェンも大儲けです。今でいえばミリオンセラーを出し、短期間で一生食べていけるだけのお金を得るようなもの。貧困にあえいでいたベートーヴェン。音楽界からつまはじきにされつつあったベートーヴェンの名声はこの曲がきっかけで絶頂期を迎え、広く世に知られることになるのです。きっかけが、この作品であったことが皮肉な運命ですが…。

こういういわば俗物的ベートーヴェン。神聖な音楽の巨匠の別の顔ですから、ベートーヴェン信望者たちは見て見ぬふりをしたいでしょう。でも、私は、こういう一面こそが、彼の音楽のパワーの源でもあると解釈しています。聖人でないベートーヴェンが好きです。

ベートーヴェンはこの金儲けの法則の味をしめ、この後とことん俗物の音楽家としてかなりの実益を得ることになります。でも、俗物をいつまでもチヤホヤするほど世間は甘くありません。禁断の果実を食べたベートーヴェンを待っていたのは厳しい世間の仕打ちでした。

交響曲第7番

脇役でも大人気の「交響曲第7番」

「交響曲第7番」は1813年に完成しました。ベートーヴェン晩年の恩人ルドルフ大公の邸宅で非公式ではありましたが「交響曲第8番」と共に初演となりました。
作品番号を並べてみましょう。
 Op.91=「戦争交響曲」
 Op.92=「交響曲第7番」
 Op.93=「交響曲第8番」
そう、三曲が並んでいます。まるで○○三兄弟のようですね。3曲の本格的初演、つまり一般公開としての初演は、1814年のウィーン会議における演奏会でした。その時のプログラム構成を知れば驚きます。なんと、前座として「交響曲第7番」と「交響曲第8番」が演奏され、メインは「戦争交響曲」だったのです。その後もこの組み合わせは続き、常にメインが「戦争交響曲」でした。7番、8番というベートーヴェン後期を代表する交響曲が添え物だったとは、驚きですね。

でも、大ヒット曲に便乗して(?)繰り返し演奏されたことで、「交響曲第7番」もウィーンの人々の心をとらえるのですから、世の中悪いことばかりではありません。面白いことにこの曲ほど、各種アンサンブル向けやピアノ連弾用に編曲された作品はベートーヴェンの中にもなく、文字通りベストヒットになったのです。たぶんベートーヴェンの生前最も頻繁に演奏され、大衆に受け入れられた作品は何をかくそう「交響曲第7番」でした。

★リズムの宝庫

繰り返し演奏されたからといって、人々に受け入れられる何かがなければ、そんな簡単にヒットはしないでしょう。

この曲の魅力はズバリ、リズムだと思います。リズム、踊りのリズムです。ウィンナーワルツのような優雅さからかけ離れた、ダイナミックなダンス。大勢の人が集まって、たとえばキャンプファイヤーなどで両手で前の人の肩をつかみ、走り回り、飛びはねる、あんな感じのダンスを私は思い浮かべます。日本でずいぶん昔に流行った故坂本九ちゃん歌「ジェンカ」とはかなり違う、ドイツやオーストリアの田舎で、今も流行ってそうなのどかで楽しげなダンスのリズム。そんな音楽なんですね。

第1楽章は、冒頭おなじみのスローな曲想。和音のアクセントに合わせ、音階練習のような弦楽器のメロディが、さざ波のようにじわじわと攻めてきます。和音はのどかなのに、この緊張感は何?と叫びたくなります。逃げ場を失うみたい。おい、そんなにマジになるなよ。別に逃げやしないからさ。たのむから。ね、よして。でも、途中で、美しい木管楽器のアンサンブル。逃げ手を少し油断させるつもりでしょうか。油断させておいて、再びさざ波攻撃。ボディブローのように効くんだこれが。追いつめられて「もうだめか!」と思いきや、突然音は止まり、追跡を止める。遠くの仲間への合図は、休符をたっぷりとり、応答。やがて「タータラー、タータラー、タータラー」の軽快なリズムの木管に導かれ、美しくほんわかするフルートの調べが。弦楽器との会話を何度か繰り返し、さ〜てそこから、始まるは壮大な舞踊曲。さきほどの「タータラー、タータラー、タータラー」がその後の音楽を支配し、オーケストラは全体で踊り狂います。

第2楽章を初めて聞いたとき、私は現代曲と勘違いしました。「ワルトシュタイン」(ピアノソナタ第21番)について書いたときも同じことを述べた気がしますけど、この和音展開は古典派とかロマン派とかいう時代の音楽ではない、そんな感想でした(もっとも、この時代他にも激しく現代曲っぽい作品はいろいろある、ということを後で知ったのですが…)。「英雄交響曲」第二楽章の葬送行進曲とは違った意味の悲愴感が漂っています。しかもとても若々しいのです。この楽章では、「ダーダッダ、ダーダッダ、ダーダッダ、ダーダー」というリズムが何度も繰り返されます。もちろんリズムだけではなく、リズムにのりメロディは奏でられます。でも、そのメロディよりも、頭の中には「ダーダッダ、ダーダッダ、ダーダッダ、ダーダー」が残るんですね。

第3楽章は、途中から始まったか?と錯覚しそうな短い前奏、その後木管楽器の「タタタ、タタタ、タタタ、ター」の繰り返し。気持ちが踊り、スッキプしたくなります。

第4楽章は、踊り狂い、いわば気がふれた酔っぱらいのオッサンですね。ワインでもビールでも何でも持ってこい!今夜はとことん踊るぜ!酔っぱらっていますので、ときおり真面目な気持になっても、すべては幻想の中なのです。行き先さえ見失っているけれど、そんなことはお構いなしに、ぐいぐい進みます。音楽もその迷いをときおり表現するようです。このままいけば、とんでもない事態になるかも?でも、ご安心を周囲の分別ある大人たちは、このオッサンを、うまくあしらい、皆の輪に入れてちゃんと救ってあげます。フィナーレは、高らかなファンファーレが鳴り響きおおいに盛り上がるけど、意外にそっけないく終わるところが、また格別。

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【私が聞いたのは】

★アナログレコードと同じCD

カルロス・クライバー指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ベートーヴェン 交響曲第五番、交響曲第7番
アマゾンのリンクはこちら
※私はCDとアナログレコード二種類で聞いたのに一枚に収められているなんて許せません(笑)。7番は、クライバーらしく柔らかで軽めな音にうっとりさせられますし、情緒過剰でない点もしつこすぎなくていいです。クライマックスも、重たくなくあくまで軽妙にまとめられています。爽やかです。

★DVD
PHBP-1004
カルロス・クライバー指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ベートーヴェン 交響曲第四番、交響曲第7番
※映像を伴うので、CDやレコードとは別物。これは音楽そっちのけでクライバーのニンヤリ唇の動きや、華麗な腕の運動、指揮棒が演奏者に飛んでいくんでは?とヒヤヒヤするダイナミックな指揮ぶりに目を奪われます。演奏も格別なのに、これはマイナス要素(?)ですな(笑)。それにしてもこの会場、まるでK1のリングへ上るファイターのように上部のドアから階段を下りてくる光景は驚き。

★その他クライバー指揮のあれこれはこちら


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交響曲第7番第4楽章の元ネタか?
アイルランド民謡「まじめで分別くさいのはごめん」WoO.154-8


一年ほど前でしょうか、ベートーヴェンの交響曲第7番についてにいろいろ調べたことがあります。 第4楽章のあの炎のようなメロディの元ネタが民謡にある、という話です。

何の資料で読んだかさえも忘れていて、資料を漁るのに時間を費やし、ようやく、『ベートーヴェン事典』(東京書籍刊)の交響曲の項であったことを発見しました。

12のアイルランド民謡 WoO.154の第8曲
「まじめで分別くさいのはごめん」

奇妙な日本語タイトルがついています。この作品の音源を探すためには、海外へ飛ばなければなりません。と、テレビ番組なら、ビューンと飛行機でヨーロッパへ飛び取材、ということになるのでしょうが、私には予算も時間もありませんから、インターネットで探すわけです。

キーワードはBeethoven, WoO.154、これだけ。
ほうぼう探し回った結果、その音源を見つけました。
歌そのものではなく、間奏部にピアノがそのメロディを弾いています。リズムが交響曲と違い、のどかです。

米国アマゾンのリンクはこちら
DISK4の5曲目。女声のソロに男声合唱だ加わった後の間奏をよく聴いてみましょう。はっきりとメロディが確認できます。

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メロディが歌そのものに出てくるわけではありませんから、元ネタが民謡ということにはなりません。出版社から渡された民謡の楽譜を読み触発され、ベートーヴェンが創作した可能性もあります。そして、この曲集発表は交響曲第七番創作前です。順序としてはこちらが先、つまり元ネタであるとだけはいえそうです。

それにしても、日本語のタイトル「まじめで分別くさいのはごめん」というのは面白い、というより奇怪ですね。しかし、英語タイトルを調べてその理由がわかりました。
英文タイトルは、"Save me from the grave and wise"。
辞書を調べるると、
(God )save me from my friends! 友達づらしたおせっかいはごめんだ
(参考:ランダムハウス英和大辞典)
というのがありました。
なるほど。本当の意味は、上のタイトルのようになるのですね。

出版社には失礼かもしれませんが、お金を稼ぐため、ベートーヴェンが引き受けた、アルバイトみたいな仕事が民謡の編曲だったとのことです。アイルランド民謡は二種の曲集、スコットランド民謡も二種あります。数々の名作の影に隠れ注目されることが少ないけど、これらの歌なかなか良いです。とっても新鮮に聞こえます。特にピアノパートが秀逸ですし、弦楽器、フルート、曲によっては弦楽合奏や合唱も加わり多彩です。

興味のある方は、ぜひ一度聞いてみましょう。意外にはまるかもしれませんよ

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