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SONG, PAUL SIMON/ソング・ポール・サイモン
Vol.42 2003年11月15日(土)
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エース・イン・ザ・ホール
Ace In The Hole
アルバム「ワン・トリック・ポニー」第6曲
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アルバムのB面第一曲目です。アナログレコードの頃、このB面一曲目は大切
な役割を果たしていました。ノスタルジーかもしれないけれど、あのワクワク
する気持ちは今のCDとは全く別でした。A面一曲目=アルバムの第一曲とA
面終曲、B面一曲目と終曲=つまりアルバムの終曲。どの四曲を選ぶか、そし
てどの一に据えるか?まるで野球の打順を決めるときの監督みたいに、本当に
悩ましいです。
なーんて偉そうなことを言っているけど、こういうことを強く感じるようにな
ったのは最近です。CCCDの話題を通じ色々な事を考えていると昔親しんだアナ
ログレコード(私は今も聞いていますが…)の魅力を強く感じます。音質のこ
とだけでなく、今述べた曲順、表面裏面の楽しみ、ジャケットのデザイン、30
センチのロマン、などなど。
アナログレコードへのノスタルジーはさておくとして、B面トップに起用され
た「エース・イン・ザ・ホール」。その理由は映画を見ると納得できるんです。
このメールマガジンの読者のほとんどは映画をご覧になっていないでしょう。
ストーリーさえも詳しくは知らないはず。ですからストーリーについては近々
述べなければならないと思います。日本で公開されず、ビデオやDVDも国内
で発売されていない。レンタルや購入で見ることのできる手段がない映画につ
いてなら、書いても構わないですよね。
物語を語るのは後の号とすることにして、今号はこの曲にまつわるポイントを
少しだけ。
ポール扮するジョナはかつてスター歌手だったものの、いつの間にかヒットも
なくなり忘れ去られます。彼はバンドを編成してクラブまわりをしています。
久々に彼は新しいアルバムを発売する機会を得ます。凄腕プロデューサーの前
で披露する曲、それが「エース・イン・ザ・ホール」。バンドメンバーのパン
チの聞いたバックではなく、アンプなしのエレクトリックギターのみで歌うそ
の曲はさほどプロデューサーの心をつかむことはありません。
しかし、プロデューサーの妻の薦めもあり、この歌をレコーディングする機会
が訪れます。バンドメンバーと一緒の演奏を望むジョナ。しかしレコード会社
の制作側ディレクターはジョナの率いるバンドメンバーの演奏ではなく、他の
ミュージシャンの演奏を使います。さらにオーケストラや、女性コーラスなど
を加え、ジョナの考えていた音楽とは全く別物になっていきます。プロデュー
サーはこの作品を気に入ります。逆にジョナとメンバーは失望します。
演奏者のプライド、そして音楽を売り出す側のプライドがぶつかりあうのです。
対決に使われた「エース・イン・ザ・ザ・ホール」は、映画終盤の主役です。
そしてこのアルバムの中でもひときわ光る存在です。
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Ace In The Hole
最後の切り札
Some people say Jesus that's the ace in the hole
ジーザスが最後の切り札っていう人がいるねぇ
But I never met the man so I don't really know
実際彼に会ったことはないから、僕はわからない
Maybe some Christmas if I'm sick and alone
でも、たとえばクリスマスに、病気で一人寂しく寝込んでいる時なら
(彼を思い出すかもしれないなぁ)
He will look up my number
奴は僕の電話番号を調べ
Call me on the phone and say
突然こんな電話をよこすんだ
Hey, boy, where you been so long
「おーい、君、どうしていた?
Don't you know me
私をお忘れかい
I'm your ace in the hole
私は君の最後の切り札じゃないか」
ジーザスに会ったことのある現代人はいないでしょう。信心深い人の多い欧米
人でしょうが神は所詮遠い存在。特に一般的若者には。そんな彼らでもクリス
マスの時期はいやおう無しにジーザスを思い出さなければなりません。特に一
人寂しい時には。ポールはこういう心情を見事にこの歌で表現します。よりに
よってジーザスその人が番号を調べて電話をしてくるなんてねぇ。それほど神
は忘れた頃に思い出す存在なのかもしれません。
Two hundred dollars, that's my ace in the hole
俺の切り札は何たって二百ドルだぜ
When I'm down, dirty and desperate
どん底で、うす汚れ、惨めな時に
That's my emergency bank roll (I got)
そいつは、まさに救急用の包帯だ、本当に
Two hundred dollars, that's the price on the street
二百ドルが? そりゃ、宿無しの金だろうって
If you wanna get some quality
自分を磨く気を持てば
That's the price you got to meet (and the man says)
そんな金はいつだって手に入るようになるんだがなぁ(って人はいう)
Hey, Junior, where you been so long
おい、若者よ、ご無沙汰じゃないか
(って二百ドルが言うのさ)
Don't you know me
俺様をお忘れかい?
I'm your ace in the hole
俺こそお前の虎の子
(talk about ace in the hole)
(君の切り札って何だい?)
この部分のソロはキーボード担当のリチャード・ティー。パンチの効いた歌い
ぶりがカッコイイです。Two hundred dollars?の部分のおったまげた雰囲気
には笑わされます。二百ドル?って驚いたのは、そんな大金?そんなはした金?
と両方の感覚があります。正直いってこの部分の迷訳は自身がありませんが、
「はした金」という観点の表現にしました。二百ドルは決して小さなお金では
ないんですが…。
次も本当に面白いですよ。
Once I was crazy and my ace in the hole
イカレていた頃の僕の切り札
Was that I knew that I was crazy
それは自分がイカレてるっていう自覚だな
So I never lost my self-control
だから自制心を保てたのさ
I just walk in the middle of the road and
平気で道路のど真ん中を歩けたし
I sleep in the middle of the bed
ベッドの間(つまり床?)でも寝られた
I stop in the middle of a sentence
会話の途中、次の言葉に詰まると
And the voice in the middle of my head said
頭の奥からこんな声が聞こえてくる
Hey, Junior, where you been so long
へい、少年よ、いったいどうしちゃったんだい?
Don't you know me
俺(イカレた俺の心)をお忘れか
I'm your ace in the hole (oh yeah)
俺はお前の切り札
自分を馬鹿と自覚することのできることこそ若者の特許です。馬鹿だからなん
でもできる。若い頃しかできないことがある、って人はいいます。つまり馬鹿
=若者ですか。もっともポールの表現する馬鹿げたこととは他愛のないことば
かり。今大人の世代も思い当たるふしがあるでしょう?
「最後の切り札」という日本語の訳はふさわしいんでしょうか。これまでの3
コーラスを見てくると、ジーザスは世話人、二百ドルは虎の子、馬鹿は言い訳
と切り札のエースとはほど遠い存在のような気がしてきます。
Ace in the hole
切り札は
Lean on me
僕のそばにいて、言う
Don't you know me
わかっているだろう?
I'm your guarantee
俺はお前の保証人
切り札とは大袈裟なものではなく、自分の心のどこかに存在する「拠り所」み
たいなものかもしれません。それをポールはguarantee(保証人?)といい、
保証人はそばにいつもいるのです。
サビの部分は映画のこんなシーンを思い出させます。バンドの五人はレンタカー
のワゴン車で町から町へ移動します。ワゴンの中で彼らはたわいない会話で暇
をつぶします。バンド演奏の批評、ロックのスター達の名前のゲームなど。あ
る時外に、大きな工場の煙突の煙の向こうに見える暗雲とした空の光景が見え
ます。次のコーラスの詩のように。
Riding on this rolling bus
このバスに乗り
Beneath a stony sky
冷たい空の下を行く
With a slow moon rising
月がのんびり昇り
And the smokestacks drifting by
空に工場の煙が漂う
In the hour when the heart is weak
心寂しい時
And the memory is strong
想い出ばかりがつのる…
When time has stopped
(心の)時は止まる
And the bus just rolls along
でも、バスは走り続ける、ただ
Roll on, roll on
時は行く
Roll on, roll on
Roll on, roll on
バスは人生かもしれません。人生はただ過ぎていきます。自分がコントロール
しているはずの運命も、ひょっとすると何かの見えない手によって制御されて
いるのかもしれない。何事もなく順風にいっている時人はそれに気づきません。
しかし心が弱くなったときに気づく。弱さを慰めるのは想い出でしょうか。想
い出は時を止めます。でも、命という時は止まりません。人生のバスはただ、
ただ走り続けます。
いささかセンチメンタルな気持ちにさせるこの部分は、少々照れくさいけれど、
この歌のクライマックスでもあり、大好きな歌詞です。そして曲も歌詞にふさ
わしく、特にRoll on, roll onのコーラスが泣かせます。また歌以上に存在感
があるエリック・ゲイルのギターは聞き所ですよ。
感傷的気分は次の歌詞でいっぺんでふっとびます。ここに音楽に対するポール
の「想い」がとてもクリアに表現されていますね。
Some people say music that's their ace in the hole
音楽こそが最後の切り札って、誰かが言う
Just your ordinary rhythm and blues
君のお気に入りリズム&ブルース
Your basic rock and roll
それとも君の基本、ロックンロール
You can sit on the top of the beat
ビートのてっぺんに座り
You can lean on the side of the beat
ビートの横によりかかり
You can hang from the bottom of the beat
ビートの底にぶら下がり
But you got to admit that the music is sweet
やっぱり音楽は最高! そう思うだろう?
Where you been so long
どこに行っていたんだ
Don't you know me
忘れるわけないよな?
I'm your ace in the hole (oh yeah)
俺は(音楽)は君の最後の切り札
そうです、切り札は音楽なんです。やっぱりこうじゃなくっちゃね!
ビートの上に座り、ぶら下がり、よりかかり、なーんてイカシた表現ですよ。
特に「ロックンロール」の部分を強調するのが彼らのこだわりでしょう。この
部分は二度繰り返されます。音楽=切り札。まさにポール・サイモンの言です。
Vocals - Paul Simon & Richard Tee
Drums - Steve Gadd
Piano - Richard Tee, Bass - Tony Levin
Electric Guitar - Eric Gale
Tambourine - Richard Tee
Background Vocals - Paul Simon, Richard Tee & Tony Levin
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「エース・イン・ザ・ホール」は音楽としても「ワン・トリック・ポニー」の
中で異色の存在です。パンチが効き、底抜けに楽しく、さびの部分は感傷的気
分にもさせてくれます。リズムも調子がいいし、タンバリンの音、ギター、ベ
ース、そしてドラムのビート、そしてコーラスと、まさに三拍子揃った秀作で
す。きっとお気に入りの一曲になると思います。まだ聞いていない方は、ぜひ
一度お聞き下さい!
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