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クラシック音楽夜話 Op.45=2002年7月12日(金)
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はじめに、
今号ではOp.44で取り上げたモーツァルト「レクイエム」の音楽について語り
ます。この感動的な宗教曲を言葉で語る必要はないかもしれませんが、まだ
聞いた経験のない方にとって参考になれば嬉しいです。
何度も聞いたことのある方も、ぜひレコードかCDをかけながら、リラック
スしてお読み下さい。
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モーツァルト〔1756−91〕:「レクイエム」ニ短調 KV.626(2)
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★美談はほどほどに、、、
モーツァルトほど沢山の人々に愛され、色々と語られている作曲家は少ないで
しょう。あの気品溢れる音楽とミスマッチというしかない下品な逸話の数々。
映画「アマデウス」ではその一部が垣間見られますね。
それでもさすがに死に瀕したこの偉大な作曲家のエピソードを面白おかしく表
現するものは皆無です。レクイエムの逸話など感動的としかいいようのないお
話です。ところが意外に、係わる人は結構打算的に振る舞っているケースだっ
てあります。まあ、冷静になれば気がつきます。
前号で私が大賛辞したジュスマイヤー(モーツァルトの弟子)も、この偉大な
師匠の遺作完成を、本当に使命感に燃えて引き受けたのかはわかりません。意
外とコンスタンツェから相当な報酬を用意されたのかもしれませんし、楽譜に
自分の名を記載しなかったのは、単に状況が許さなかっただけであり、彼の粋
な計らいでもなさそうです。事実数年後、彼は、この作品のほとんどを自分が
書いたと主張したと聞きます。
モーツァルトの妻コンスタンツェは、完成した「レクイエム」を約束通り発注
者の元へ送ります。発注者は、自分の亡き妻に捧げるミサを自分が書いたと公
表し自らの指揮で1793年初演しました。彼の面子は立ち、目的を果たせました。
一方、コンスタンツェは、楽譜のコピーを所有していて、それをブライトコッ
プフ社に送ります。後にこの「レクイエム」はモーツァルト作として出版され
ます。作曲依頼主に無断で楽譜の出版に踏み切るなど、常道を逸しているよう
な気もしますが、この作品が別の作曲者名となり世に出る、モーツァルトが作
曲者として記載されない屈辱に、モーツァルトの妻として堪えかねたのかもし
れません。案の定発注者はこのことに腹を立て、補償を求めたともいわれてい
ます(モーツァルトが作者名として自分の名を使わなくともよいと同意してい
たなら問題はないのでしょうが、そんなはずはないですね)。
いずれにしても、色々な人物の思惑が交差し、エピソードも欠かないこの作品。
本当はこんな話題にとらわれて、作品そのものを感じることを忘れてはならな
いと思います。「レクイエム」の魅力はその音楽にあるのですから(正直告白
すると、私も逸話には興味がありますけれど、、、)。
★構成とその音楽の魅力
先週も書いたとおり、「レクイエム」で唯一モーツァルトが全パート(管弦楽、
合唱、ソロ)完成させたのは最初の二曲「イントゥロイトゥス(レクイエム)」
と「キリエ」だけで、他は声楽と管弦楽のバス・パートのみ。あとはスケッチ
だったようです。これら素材を使い、死の床にあるモーツァルトからの指示に
基いてジュスマイヤーが中心となって作品として完成させました。「サンクト
ゥス」と「ベネディクトゥス」は全てジュスマイヤーの創作です。
従って、最初の2曲がいわゆるモーツァルト作「レクイエム」の全てといわざ
るを得ない。けれども、モーツァルト+ジュスマイヤー作「レクイエム」がひ
とつの完成された作品であることは事実です。多くの音楽ファンは、この通称
モーツァルトの「レクイエム」に深く感動しているのです。
この曲は全曲通して聞いてほしいと思います。長すぎて(全曲で60分以上の演
奏時間になります)拒絶感があるなら、せめて最初の二曲だけでも結構です。
そこには他では知り得ない深い感動の世界があるのです。
1. 入祭文INTROITUS
Requiem 「永遠の安息を与えたまえ」
ゆっくりとした弦楽器の伴奏が伴いファゴットの寂しげで動きの少ない、でも
深い音色で始まる前奏。この前奏を聞くだけですでに私たちは「レクイエム」
の独特な世界に心奪われます。ティンパニの音に導かれ、バスから始まる荘厳
な合唱。ダイナミックな和音展開。常に同じ音型で終始不安げに鳴り響く弦楽
器。この音型は前奏から続く、断片的な音の連なりです。和音を構成する音を
一音一音丁寧にしかし激しく飛躍するのが特徴です。まるでむせび泣く悲痛な
声のような気がしてしまいます。
突然無伴奏となり「エト・ルックス・ペルペトゥア Et lux perpetua」で高ら
かな合唱だけのハーモニー。続くファンファーレを思わせるオーケストラの輝
かしい響き。「たえざる光を彼らの上に輝かせたまえ」の言葉にふさわしい演
出です。
やがてソプラノの美しいソロ。併奏のヴァイオリンの優しい響きに心が暖かく
なります。後半は再び合唱になり、こちらは力強く自信にみなぎる曲想。
短い間奏の後冒頭部分と同じ曲想が続きます。そして静かにゆっくりとこの曲
は終わるのですが、、。(その後の怒濤のようなフーガのプロローグでもある)
2. 「キリエ」 Kyrie
バスの「キーリエ エレーイソン」という厳かな歌声で始まる「キリエ」は、
「神をあわれみたまえ Kyrie eleison」という歌詞のみによる合唱フーガです。
二種類のメロディの変形によるフレーズの絡み合い。メロディは微妙に音程を代
え、ハーモニーも次から次へと変化しさまざまな色合いで聞かせます。その美し
い響きは、まるで星空に無数の流れ星が行き交う光景のようです。曲は後半にい
くに従って感きわまり、最後のクライマックスまでこの大フーガは続きます。
時間にして3分余り。でも充実感、満足感で一杯このフーガ。圧巻です!!
(このフーガはパターンも決まっているので簡単そうですが、いざ実際歌うと、
とてつもなく難しい合唱曲です。苦労された合唱人は多いことでしょう!)
3. 続誦 SEQUENZ
(1)怒りの日 Dies irae
合唱団もオーケストラも一丸となり迫力のある演奏を繰り広げ「怒り」を表現し
ています。スピード感も溢れていて、まさに全力投球という感じ。途中の低音楽
器とのユニゾンも感動的です。
(2) 「奇しきラッパの音」 Tuba mirum
激しい曲の後だけに、このしみじみとした曲想には安堵感があります。
トロンボーンの牧歌的な調べ、バリトンの高らかな歌、このデュエットは聞き所
のひとつです。後に、テノール、ソプラノ、アルトが続き、四声の合唱になりま
す。
(3) 「御稜威の大王」 Rex tremendae
神の荘厳さを象徴するようなダイナミックで堂々としたリズムによる管弦楽に
続き、「大王よ!rex(レーックス!)」という大合唱。声による迫力を充分
満喫させてくれるでしょう。
(4) 「思い出したまえ」 Recondare
ソリストによる重唱。こちらも見事なポリフォニーで、美しいメロディが奏で
られます。特に最後近くの四声の無伴奏ハーモニーは極上の透明感です。
(5) 「呪われしものどもを罰し」 Confutatis
弦楽器の激しい嵐と共に聞こえるテノールの歌声。映画「アマデウス」で病床
のモーツァルトがサリエリに口述筆記する場面に使われた曲です。男声パート
の躍動的な歌声。金管楽器まるで打楽器のような和音進行。底で力強く流れる
弦楽器の激しいメロディ。分割してあらためて聞くとそれは興味深い。そして
それらが合奏となった時に生まれる音楽の感動を、映像を通して見られます。
ただし、この部分の管弦楽は実際にはジュスマイヤーが書いたので、映画のあ
の場面はあくまで演出です。男声合唱の躍動感と女声合唱の天使の歌声両方を
楽しめる曲です。
(6) 「涙の日」 Lacrimosa
弦楽器による不安げな前奏(泣いているような)に続き、美しく切ない合唱で
静かに歌われます。モーツァルトはこの曲の第七小節で絶筆しました。問題の
その箇所にさしかかると、不思議と胸が締め付けられるような感じがするのは
私だけでしょうか。しかし、ジュスマイヤーはここで曲を感傷的には終わらせ
ず、合唱に力をみなぎらせることで、その後の音楽を続けます。
終始むせび泣くような音を出す弦の音が、哀しく切ない。しかしこの管弦楽は
見事というしかありません。曲はクライマックスに向けクレッシェンドとなり、
高らかに「アーメン」合唱で結びます。これで作品が終わってしまう?と錯覚
させるほど感動的な終わりとなっています。
4. 奉献誦 OFFERTORIUM
(1) 「主イエズス」 Domine Jesu
昔のアナログレコードでは「ラクリモサ」でA面が終わります。前述の通り
「ラクリモサ」でこの「レクイエム」が終わってしまう不安にかられます。
でも、B面でその不安感は吹っ飛び安心するのです。
「レクイエム」はここから前半にはない活動的な雰囲気が漂ってきます。特に
Domine Jesu 後半「クアム オーリブ アブラエ、プロミズィースティ」
Quam olim Abrahae, promisisti は、荘厳ではあるもののリズミカルで豪快
で、気持ちが良い曲想です。
(2) 「讃美のいけにえ」 Hostias et preces
生け贄をテーマとして歌うにしてはこの美しさはなんだろう?まるで「生」を
表現していると錯覚するほどの透明な歌声。少し長めの歌に続き、再び「クア
ム オーリブ アブラエ、プロミズィースティ」の歌となり、締めくくられま
す。
5. 「聖なるかな」 Sanctus
以後2曲は完全なジュスマイヤーの作。「サンクトゥス」のきらびやかで派手
な、たっぷりとした合唱は圧巻です。後半のオザンナHosannaが変則的なメロ
ディで、さらにフーガになっている点に注目。
6. 「祝せられたまえ」 Benedictus
長いソリストの重唱、そして「サンクトゥス」と同じオザンナ。
7. 「神の小羊」 Agnus Dei
息継ぎをどうしたらよいのかと合唱団が困りそうな、長い音符の続く前半。微
妙な和音の変化に注目しましょう。
8. 聖体拝領誦 COMMUNIO
「永遠の光を輝かしたまえ」 Lux aeterna
ソプラノの美しいソロは、どこかで聞いた記憶が。そう第一曲「レクイエム」の
半ばからの音楽と全く同じで、詩のみが変わっています。そして、「キリエ」も
歌詞が変わって姿を変えて再び登場します。ここで私たちは、「レクエイム」の
最初二曲を聞いた時の感動が再びよみがえり、一層この曲に感動するのです。
★アバドとジュリーニ、カラヤン、そしてベームの感動的なCD
日本のamazonで、先週紹介したアッバード指揮による「カラヤンメモリアル
コンサート」のCDが試聴できます。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00001X59K/ref=sr_aps_d_1_1/250-389
7523-1052240
レビューでは、ライブで録音するべきでなかった旨のコメントが載っています。
こんなのは全く無視してください。完璧な環境による録音であっても、継ぎは
ぎだらけの嘘と、少し条件が悪くとも臨場感溢れる真実、どちらが良いかは
考えなくともわかりそうなもの。amazonに載っているCDデータベースを元と
するレビューは、時折アホらしいものがありますからご注意を。私は完全に
無視します。一般の方によるレビューの方がよほど参考になります。
少しテンポは遅めですが、合唱が秀逸の次のCDも、感動的です。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
フィルハーモニア合唱団(合唱指揮:ホルスト・ノイマン)
リン・ドーソン(ソプラノ) ヤルト・ヴァン・ネス(アルト)
キース・ルイス(テノール) サイモン・エステス(バリトン)
SRCR-9281
試聴はできませんが、amazonでの情報は次の通りです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005G7YN/qid=1026399966/sr=1-14/ref=sr_1_2_14/250-3897523-1052240
あとは、前号で書いたカラヤン版(カラヤンの演奏は、いくつかありますが、
これは1976年版だと思います)は今手元にレコードがないので確かめられませ
んが、amazonでそれらしきものを見つけましたので以下に記載します。試聴も
可能です。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000001GDM/qid=1026474307/sr=1-3/ref=sr_1_0_3/250-3897523-1052240
また、ベームはウィーンフィル版が有名(私が最初聞いたのもそれ)ですが、
今日たまたま入手したウィーン交響楽団版(アナログLP)は、ベームの印象
を全く変える衝撃的録音でした。荒削りで、感情むき出し。特にDies iraeは
圧巻!! そのCDは次の通りです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005J449/qid=1026475096/sr=1-4/ref=sr_1_2_4/250-3897523-1052240
「レクイエム」の録音は数多いので、皆さんもご自身の耳でお好みのCDを
見つけて下さい。
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あとがき
長い長いメールマガジンになってしまいました。「レクイエム」を語ると、
とめどもなくなり、配信が一日遅れるほど考え抜く自分に自分で驚きました。
心底この作品が好きなんですねきっと。もちろんモーツァルトも。
久しく読者の皆さんからメールが少なかったのですが、Op.44の後、いつもより
多くの方々からメールを頂戴しました。ありがとうございます!
日本の合唱曲が心に残っている方は多いのだと、感じました。また近いうちに
取りあげていくつもりです。
ホームページリニューアルは宣言したものの、遅々として進みませんが、まず
「ベートーヴェン音楽夜話」は14日(日)から始めますね。よろしければ覗い
てみてください(日曜日の夜ですけれど)。
http://www.musiker21.com
では、Op.46で !